地球へめぐり紀行

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ユーラシア大陸横断鉄道の旅 編

中国

天山北麓のカザク族(1979年9月)新疆ウィグル自治区

天山山脈はアジアを東西に2分する大山脈で、今では中国領とソ連領(当時)の不自由で厳しい境界になっているが、たいへん豊かな山岳地帯なので、もともとはいろいろな民族がこの山のなかに同居し、自由に往来していた。そのせいで、カザク族は、中国側にも…

南端の町・瑞麗(2018年4月)雲南省

標高2500メートルもある麗江から約700キロも離れた、標高900メートルの雲南省西南端の町瑞麗へ。大理経由で保山に1泊し、バスを乗り継いで2008年4月13日午後1時30分に、人口17万人の町瑞麗のバスセンターに着いた。そこからタクシーに…

大里と麗江の町(2018年4月)雲南省

1.大里 昆明からバスに乗り、400キロほど西にある人口61万の大里に着いた。標高1900メートルの地にあり、標高4,000メートルの峰が連なる蒼山と水の澄んだ洱海による風光明媚な所で、古くから中国とインドを結ぶ交易路の要衝でもあった。 大…

昆明の民族村(2018年4月)雲南省

2018年の4月8日、成田から中国の上海経由で雲南省都の昆明に飛んだ。中国訪問は、第1回の1975年以来、今回で丁度80回目。昆明は1980年4月と82年4月の2回訪れているので、36年ぶり3度目の訪問であった。 標高1900メートルにある…

苗族の新嘗祭(1990年8月)貴州省項翁寨

日本列島への稲作農業の主な渡来は、紀元前3~4世紀頃か、それ以前とされているが、これは、中国大陸の江南地方(長江南の下流域)の越系民族であった呉・越・楚が滅び、漢民族が西から侵入してきた時代である。 その後の越系民族は、漢民族に追われたり、…

海南島の生老百年碑(1983年1月)

1983(昭和58)年1月に中国の海南島を訪れた。首府海口市に”五公祠”と呼ばれる有名な祠堂がある。北宋時代の1097年に建立されたもので、宋時代の有名な詩人、蘇弑糾・蘇轍兄弟と昭忠、邱淑、そして、海瑞の五人の霊がここに祭られている。この敷…

賀蘭山の岩画(1988年9月)寧夏省回族自治区

1988(昭和63)年9月、中国の寧夏回族自治区を10年ぶりに訪れた。区都銀川の西側を南北200キロにわたる賀蘭山中に沢山の古い“岩画(岩壁絵画)”があることが知られている。日本では一般的に“顔面画”と呼ばれているようだが、中国では“岩画”と表…

3泊4日の三峡下り(1997年8月) 重慶・武漢

1997(平成9)年8月30日、北京から重慶に飛んだ。中国大陸の鍋底と呼ばれる四川盆地の東南にある重慶はなんと摂氏43度もあった。 ダムに水没する前の川沿いの重慶市内 翌31日の午前9時、4,500トンのビクトリアⅢ号に乗船。乗員108名。我…

成都の漢方市場(1986年9月)四川省成都

漢方薬の本場ともいわれる四川省の成都を1986年9月初めに訪れた。少数民族の村を訪ねるためだったが、洪水で道が決壊して行けなかったので、漢方薬の取材をすることにした。しかし、「漢方薬は国家機密」などと、中国国際旅行社は非協力的だった。特に…

天の川を渡る船棺(1997年10月)福建省武夷山

中国の江南地方には、古くから川沿いの懸崖(人が登ることのできない絶壁)の高い所に、棺が安置されていることは良く知られていた。 懸崖の棺は、一般的に懸棺と呼ばれ、その場所は崖墓と呼ばれていた。棺は楠木の大木を彫って舟型に作られていたので船棺と…

ノモンハン戦争の平原(1993年7月)内蒙古自治区

1993年7月15日から3日間、中国内蒙古自治区フルンベル盟のノモンハン村を、牧畜民の生活文化を調べるために訪れた。 ハルハ河を背にする筆者 ノモンハンの平原では、私が生まれる前の1939(昭和14)年5月から9月にかけて多くの犠牲を出した…

空気が白濁するハルビン(2006年1月)黒竜江省

2006年1月14日(土)、午前8時すぎの北京空港は濃霧に包まれ、飛行機の発着ができず、7時間も遅れてやっと午後2時35分に離陸し、1,444㌔北のハルピンには、3時50分に着いた。空は晴れ、外気は零下16度だが、大地に雪はなかった。 世界…