地球へめぐり紀行

ミャンマー北部探訪 編

中国

内蒙古からチベット7000キロの旅㊶ 旅の終わりに

内蒙古からラサまでの西田さんの足跡をたどる、今回の探検旅行のコースからは外れるが、中国側の車がありよい機会なので、皆で話し合ってラサから500キロも西にある、ラマ教旧経派(赤帽派)の大本山があるサキャまで行くことにした。 チベットは高山の連な…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊵ チベットの葬式”鳥葬”

人間は自然の一部であり、生を受けた者の肉体には必ず死かある。しかし、チベット仏教では魂は屍を去り、永遠にこの世に存在し続ける。型のある肉体は必ず滅びて輪廻の自然界に組みこまれるが、魂は滅びることなく、転生して生き続けるものとされている。そ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊴ ラサのチョカン寺

インド亜大陸とユーラシア大陸がぶつかって隆起したのがヒマラヤ山脈である。その北側にある世界一高いといわれるチベット高原のほほ中央に位置するのかラサ。チベット自冶区の面積は130万平方キロメートルもあり、日本の3倍以上もあるが、人口はわずか…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊳ 威風堂々のポタラ宮

ラサ郊外に入ると、急に自転車が多くなった。これまであまり見かけなかった車も目についた。自転車がたいへんな文明的な乗り物で、町に近づいた雰囲気があった。 ラサに向かうバス ラサ近くの道から見える摩崖仏 川面に映るポタラ宮 「あっ!ポタラ宮だ!」 …

内蒙古からチベット7000キロの旅㊲ 神がいる谷、ラサへ

昨夜は羊八鎮の軍の招待所に泊った。今朝は6時ごろからみぞれが降りはじめ、8時ごろから雪になった。またもや北から雪を連れてきたようである。 いよいよ今日9月21日はラサにつく日だと意気込んでいたが、雪が激しく降るので、道沿いの漢族食堂でゆっく…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊱ ナクチューから羊八鎮へ

ナクチューを出発するとすぐに、漢名で“怒江”と呼ばれるナクチュー川があった。この川ははるか南のミャンマー(ビルマ)のモルメンまで続くサルウィン川の上流である。 道は西南の方向へ続いていた。高い山のない大地は、全体的になだらかな平原である。北チ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉟ アムドーからナクチューへ

タンラの峠を越すとチベットに入り、道は徐々に下っていたが、周囲は灰褐色の荒涼とした大地で、寒々としている。やはり標高4,000メートル以上は、人間にとって好ましい自然環境ではない。月の表面のような、緑のない世界を眺めるのは、もう飽きて、何の…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉞ 魔の峠に向かって登る

翌9月18日朝、山々は白く、一夜で雪化粧となった。11時ごろ、標高4,800メートルのテーラマズの村についた。ここから標高5,321メートルもある、タンラ(チベット語のラは峠の意味)と呼がれる峠を、西川さんと同じように歩いて越すのである。 …

内蒙古からチベット7000キロの旅㉝ 死の川でヤクを追って

翌16日の朝、雪山賓館を出て、リチューと呼ばれる川沿いの道路工事事務所についたのは、午前11時すぎだった。 標高4,500メートルにあった雪山賓館 中はベッドがあるだけ 雪山賓館があった陀陀河近くの村 村の中を走るラサへの道 蒙古高原やチベット、青…

内蒙古からチベット7000キロの旅 ㉜高山病になる

9月15日、北麓川沿いを午前10時半に出発してタンブリウラ山脈を上った。岩が赤く、全体が赤っぽい山である。谷間には清流があり、真水だった。川沿いにチベット式の黒テントが8張りあった。 タンブリウラ山脈の中の道を南に向かう 標高4,700メー…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉛ 赤い川と塩湖

9月14日の朝、不凍泉を出ると、道は南西へむかった。やがてチュマル平原に出た。北には崑崙山脈が東西に続き、南には崑崙山脈の支脈であるククシリ山脈がある。道沿いには、チルーが草をはみ、小さな穴から草ねずみか顔を出している。このねずみを狙うチ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉚ 崑崙山を越えて

小雨降るゴルム市を9月12日午前11時に出発し、南へむかった。道は上りになっており、やがて氷雨になった。午後1時すぎには雪になった。標高3,180メートルの地点で、東から西へ流れる赤褐色のシキンゴール川と、西から東へ流れる灰緑色のナイジゴ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉙ 荒野のゴルム市

ツァイダム盆地は乾燥が激しく砂漠化しているが、土壌の性質は単純ではない。砂漠、土漠、礫漠、それに低木の生えたところもある。風か強いせいで地面は土や砂がなく、小さな礫が塩で固まった平原もある。都蘭からすでに2日間走っているのだが、南に山脈、…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉘ ツァイダム盆地の植物と刑務所

9月8日の夕方、パンテンシャンという村につき、かつてチベットのパンテン・ラマの公館であったラマ教寺院の庭にテントを張った。この寺院のそばの土の家に、もと僧であった66歳の蒙古人がいた。彼は、1959年に侵入してきた解放軍に追われて、この寺…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉗ 茶卡(ツアカ)は「塩の税関所」

ドジヤさんたちに別れを告げ、午前9時半に茶卡(ツアカ)に向かって出発した。黒馬河平原の東方に見える山頂にはうっすらと雪があった。まだ9月7日なのだが、山頂はすでに初雪である。青海湖を見下ろしながら、大きな岩山の道を上る。峠に「橡皮山、3,…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉖ チベット系牧民の生活

9月5日の午後、青海湖南岸の黒馬河(こくばがわ)村まできた。この村の南西の一部が平原になっており、多くの牧民たちが黒テント“バー”で生活している。私たちは、牧民であるドジャさん(74歳)一家を訪ね、2泊3日の許可を得、生活を共にすることにし…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉕ 壁のできた草原

9月5日の朝、旅行社の招待所から西へ向かった。半島のように突き出たところを横切って江西鎮(こうせいちん)という漢族の村に着いた。1983年以前には人民公社があり、活気づいていたそうだが、今はさびれていた。 青海湖岸の道沿いにできた高さ1,5メ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉔ 青海湖へ

西寧を午後4時に出発し、100キロ西の青侮湖へむかった。1時間ほどで湟原の町に着いた。道はここから南へ折れた。道沿いに漢族やチベット族、土族などの村がぽつり、ぽつりと点在し、麦やエンドウ豆などの収穫期であった。道沿いの岩山に 石を積み上げた…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉓ ラマ教のタール寺

西寧から西南方向へ33キロの湟中県(こうちゅうけん)にあるタール寺までの道は舗装されていた。標高2,500メートルにあるタール寺は、ラマ教黄帽派を創立したツオン・カパの出生地である。彼の後継者たちはダライ・ラマとして尊崇され、黄帽派はチベ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉒ 道教の北禅寺

西寧市には、北、西、南の3方向から川が流れこみ、西寧河となって東へ流れている。町の北にある北山に“北禅寺”と呼ばれる道教の古い寺がある。道教では、寺を“道観”僧を“道士”、尼を“女冠”と呼ぶ。 北山の絶壁にある道教の北禅寺 北禅寺に登る建設中の階段 …

内蒙古からチベット7000キロの旅㉑ 漢民族と少数民族の町・西寧

北の甘粛省、南のチベット、そして東の四川省、西の新彊ウイグル自冶区に囲まれた高原地帯の青海省は、高原大陸性の気候に属するので、気温が低く、昼夜の温度差か大きい。そして、「年に四季の区別がなく、1日にも四季の変化が見られる」という特徴がある…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑳ シルクロードを行く

裟家営から暴泰に戻り、そこから南の蘭州へ向かう。道は舗装されていたので、時速80キロで走った。 蘭州の友誼賓館についたのは、夜の10時過ぎだった。蘭州はシルクロード沿いの町で、有名な河西回廊の入口にあり、黄河の渡し場でもあったので、古くから…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑲ 村人の葬送

裴家営の村で、漢民族の葬儀を見た。土壁に囲まれた家に親族や知人、村人が集まっていた。 「悲しいが、85歳の長寿をまっとうしたので、喜んで冥土へ送ってやりたい」 家人たちの同意を得て撮影が許された。 葬儀のあった家 夫を数年前に亡くしていた老婦…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑱ 土塊と化した長城のある村

8月28日、今日は400キロ以上も南西に走り、甘粛省の省都蘭州まで行く予定なので、朝8時半、砂披頭の山荘を出発した。 裴家営近くの山 道は未舗装のガタゴト道で、しばらく線路沿いに走った。51キロ離れた省境の村、甘塘(かんとう)につくと、甘粛…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑰ 砂漠を緑化する夢

砂坡頭(さばとう)の山荘は、嗚き砂で知られた砂山のふもとの、黄河がたいへん狭くなって、川幅150メートルくらいの岸辺にあった。山荘から見上けると、百数十メートルも上に鉄道の駅がある。観光客たちは、嗚き砂の斜面を駅からすべり下りる。以前は、…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑯ 砂漠と黄河の境

8月25日、日中は熱いので午後4時、銀川から黄河沿いに川上へ向かう。町を離れると緑は川沿いにしかなく、すべて褐色の荒野である。道は、1週間前に開通したばかりの高速道路が100キロ続いていた。かげろうがゆらめき、逃げ水の見える道を高速で走る…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑮ 西夏王の古墳群

アラシャンからテングリ砂漠を横断して西南へむかう予定であったが、道が砂に埋まって通れないので、南の銀川にむかった。道はオーラン山脈の南端をつっ切っていた。木の生えていない岩山の中を走り、峠を越して下る。両側に、石を積み上げた壁や見張り台、…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑭ バロン廟跡を訪ねて

アラシャンの延福寺 延福寺の本堂 アラシャンの招待所に1泊し、オーラン山中にあるといわれる、西川さんが訪ねていた、内蒙古で最も大きかったバ口ン廟(中国語では廣宗寺)を訪ねることにした。文革で破壊されたとされていたが、その後の情報かまったくつ…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑬ 天然の塩を掘る

8月23日の朝、招待所の庭に出ると、ボタ山が3つあった。それが塩の山であることに気づくには、灰色であったがゆえに、しばらく時間を要した。 一面の塩 ジランタイ塩湖 ジランタイには中国最大の国営採塩場かある。その現場を工場の係員に案内してもらっ…

内蒙古からチベット7000キロの旅⑫ 平原から砂漠へ

今回の旅の難儀はガソリンの確保である。予定では、特別チケットで、軍の施設でもどこでも給油してもらえることになっていた。2日に1回は給油するのだが、ガソリンがなかったり機械が故障していたり、係員がいなかったり、本道から50キロも100キロも…