新制中国の望郷編④ 江蘇省 蘇州
蘇州は、江蘇省南東部の長江(揚子江)三角州の中心に位置し、運河に囲まれて縦横に水路が走る町。歴史は古く、春秋時代の紀元前514年に、呉王によって都城が築かれたのが始まりとされている。当時は呉州であったが、後の隋時代の紀元589年に“蘇州”に改名された。
中国大陸の長い歴史の中では、それぞれの民族が戦いを繰り返し、いろいろな王国の盛衰があった。蘇州は“呉越同舟”で有名な呉の都として長く栄えた町だが、“春秋時代”から幾多もの侵略を受け、街は敵や夜盗の侵入を恐れてか、中近東のアラブ諸国の街並みのように、高い白壁が続き、道は迷路のようになっている。
蘇州の近辺は、長江河口近くの水田地帯で、運河が多い。すでに1千年前、南は杭州から北は北京までの京杭運河が開通し、今も利用されている。
蘇州は、唐代以降にはシルク産業で発展し、宋代には、自然の立地条件を生かして、農業と商業が盛んで、北京や上海などよりも早くから栄えた町であった。
蘇州の街は、家も人も古代からそんなに変化してはいない。レンガ造りの家が並ぶ街頭に干した洗濯物は、赤・青・黄・紺・ピンク・白・黒・水玉模様と多彩だ。北京や上海よりも近代的ではないが、運河と柳とプラタナスの並木が美しく、落ち着いた静かな街。
天秤棒で果物を担ぎ売り、リヤカーで野菜を運び、自転車を走らせる。共同水場で水を汲み、水路に船を進め、木製の便器を洗う風景、それに、街頭に小さなテーブルを出してお茶を飲み、粥とメンとパンとザーサイと豚肉と鴨を好んで食べることは、新制中国になっても、あまり変わることなく続いている。
2022年3月16日追記