地球へめぐり紀行

ミャンマー北部探訪 編

ミャンマー北部探訪⑱ ラーショーの温泉と田園風景

ラーショーには温泉があるというので、着いた日の午後4時から、三輪タクシーを雇って行って見ることにした。旧ラーショーの中心街にあるホテル前の坂道を下って、西方の新市街を通り抜けて、大きな道を7~8キロ進んだ右側に、“ラーショー温泉”と英語で表…

ミャンマー北部探訪⑰ 丘の上の町ラーショー

ピン・ウールインの町から乗り合いタクシーで、約250キロ北のラーショーに向かった。山坂越えて大変厳しい道を走り、約5時間で着き、町の中心部にある1泊20米ドルのロイヤル・グランド・ホテルに泊まることにした。 ピン・ウルチンからの乗り合いタク…

ミャンマー北部探訪⑯ 桜並木のあるピン・ウールイン

1981年1月、マンダレーから70キロ東のピン・ウールイン(旧名メイミョー、日本軍の司令所があった町)へ向かった。「ヒロミ・イン」という名の宿泊所は日本人が経営しているというので、予約の電話を入れておいた。 ヒロミ・インの入口 ヒロミ・インの…

ミャンマー北部探訪⑭ インワの遺跡

マンダレーからエーヤワディー河に沿って南に下り、インワ鉄橋を過ぎて真っすぐ延びる道を進むと、ラーショーの方から流れているミンツゲー川に突き当たって行き止まりになっている。そこの船着き場からボートに乗って対岸に渡った所がインワの町。 インワは…

ミャンマー北部探訪⑮ ミングオンの大鐘

マンダレーから10キロほどエーヤワディー河をのぼった川沿いにあるミングオンは、王都になったことはないが、史跡があり、マンダレーから近いこともあって有名な観光地になっている。 マンダレーから対岸のミングオンにわたる筆者 私はマンダレーから船で…

ミャンマー北部探訪⑬ 僧院の僧侶たちの食事

ウー・ベイン橋を見終えて、車に10時に戻ると、運転手が、僧院の僧侶たちが10時15分から一斉に食事をするので、是非見るようにと勧めてくれた。彼の案内で橋の近くにあった大きなマハーガンダーヨン僧院を訪ねると、すでに沢山の観光客が取り巻いてい…

ミャンマー北部探訪⑫アマラプラのチーク材の橋

マンダレーの周辺には、シャン族・モン族・ビルマ族などが都にした町が3カ所ほどあり、その1つがアマラプラの町。 アマラプラのタウンタマ湖 マンダレーから11キロほど南にあるアマラプラは、エーヤワディー河とタウンタマン湖に挟まれた所にある。ここ…

ミャンマー北部探訪⑪ ザガイン・ヒルの日本兵墓地

マンダレー南部郊外のエーヤワディー河の対岸にあるザガイン・ヒルは、沢山の仏塔が建っていることで有名なのだが、日本人にとっては、旧日本軍兵士の墓地があることで知られている。 マンダレー側から見たザガイン・ヒル ザガイン・ヒルの仏塔群 ザガインの…

ミャンマー北部探訪➉ 衣類の多様なデザイン

マンダレーのゼーチョー・マーケットの隣りにあるショッピングモールの中の衣料品市場をのぞいてみると、通り狭しと衣類が陳列され、多くの女性で混雑していた。 ショッピングモール「ミヤンマー・ラザ」の入口 ショッピングモールの中の衣類街 所狭しと並ん…

ミャンマー北部探訪⑨ マンダレーの王宮

マンダレーは、ビルマ族最後のミンドン王によって、1851年に建設され王宮のある古都。その王宮の敷地は一辺が2キロもある正方形で、高さ8メートルの赤いレンガ造りの厚い壁に囲まれている。その壁の外には水を湛えた幅70メートルもの大きな堀が巡ら…

ミャンマー北部探訪⑧ マンダレー・ヒル

マンダレーの中心街から北へ5、6キロ離れたマンダレー・ヒルまでサイケ(オートバイタクシー)を雇って行った。 1978年1月当時の王宮の堀から北を見上げたマンダレー・ヒル マンダレー・ヒルの下から中腹を見上げる ヒルの入り口には大きな2頭のライオン…

ミャンマー北部探訪⑦ 市場で働く女性たち

マンダレーにはいろいろな人々が住んでいる。ビルマ族、シャン族、カチン族、モン族、インド系、中国大陸系、バングラディシュ系など多民族の顔や衣装が溢れている。しかし、はっきり見分けるのはたいへん難しい。まずは、ゼーチョー・マーケットの市場で働…

ミャンマー北部探訪⑥ ゼーチョー・マーケット

私は、マンダレーには5度訪れ、便利なのでいつも旧市街にあるニュースター・ホテルに泊まった。ホテルの目の前には、マンダレーで一番大きなゼーヂョー・マーケットがある。 ゼーチョー・マーケットでのバナナ売り オートバイタクシーは、人も荷物も運ぶ タ…

ミャンマー北部探訪⑤ 古都マンダレー

ミャンマー東北の町チャイントンからヘイホー経由でビルマ族の都であったマンダレーに飛んだ。 モダンなマンダレー駅舎 ミャンマー北部の中心地マンダレーは、もともとビルマ王国の首都であった。人口100万人だそうだが、その3分の1が中国大陸から南下…

ミャンマー北部探訪④ 多民族が集う市場

朝8時、“シャン・マーシェチジー”と呼ばれる、チャイントンの中央市場を訪れた。朝の市場には、周辺の山岳地帯から1万人ものいろいろな民族が集まると言われていたが、噂に違わず多種多様な民族が集まった活気のある、大きな市場があった。 チャイントンの…

ミャンマー北部探訪③ チャイントンの街

タチレイの町から約160キロ北のチャイントンまで、バスで4時間余りかかった。 チャイントン郊外のバスターミナルに着いたが、一般的に外国旅行者が訪れることは出来なかった町なので、町に関する情報はない。ミャンマーはイギリスの植民地であったので、…

ミャンマー北部探訪② タチレイの寺院巡り

東南アジアのラオスやタイにも多い、小型トラックや小型三輪のタクシー”サイカ”は、安いが乗り心地は良くない。20代と思える人の良さそうな青年が、200バーツ(約650円)で半日市内観光するというので、彼の運転する車に乗った。 華やかな色彩のダイ…

ミャンマー北部探訪① 国際都市タチレイ

タイとの国境メーサーイ川にかかる幅50メートルほどの橋を渡ってミャンマー側の町タチレイに入った。 タイ国との国境”メーサーイ川” 国境事務所を越してミヤンマー側の町タチレイの入口 毎日大勢のミャンマー人が給料の良いタイ側に出稼ぎに行き、沢山のタ…

ミャンマー北部探訪 序章

はじめに 私は1965(昭和40)年2月に初めてビルマ(現ミャンマー)を訪れて以来、日本の民族的、文化的源流を探捜する目的で、中国大陸東南部から南下してきたと思われる、ミャンマー北部の山岳地帯に住む、越系民族を踏査することもあって、これまで…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊶ 旅の終わりに

内蒙古からラサまでの西田さんの足跡をたどる、今回の探検旅行のコースからは外れるが、中国側の車がありよい機会なので、皆で話し合ってラサから500キロも西にある、ラマ教旧経派(赤帽派)の大本山があるサキャまで行くことにした。 チベットは高山の連な…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊵ チベットの葬式”鳥葬”

人間は自然の一部であり、生を受けた者の肉体には必ず死かある。しかし、チベット仏教では魂は屍を去り、永遠にこの世に存在し続ける。型のある肉体は必ず滅びて輪廻の自然界に組みこまれるが、魂は滅びることなく、転生して生き続けるものとされている。そ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊴ ラサのチョカン寺

インド亜大陸とユーラシア大陸がぶつかって隆起したのがヒマラヤ山脈である。その北側にある世界一高いといわれるチベット高原のほほ中央に位置するのかラサ。チベット自冶区の面積は130万平方キロメートルもあり、日本の3倍以上もあるが、人口はわずか…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊳ 威風堂々のポタラ宮

ラサ郊外に入ると、急に自転車が多くなった。これまであまり見かけなかった車も目についた。自転車がたいへんな文明的な乗り物で、町に近づいた雰囲気があった。 ラサに向かうバス ラサ近くの道から見える摩崖仏 川面に映るポタラ宮 「あっ!ポタラ宮だ!」 …

内蒙古からチベット7000キロの旅㊲ 神がいる谷、ラサへ

昨夜は羊八鎮の軍の招待所に泊った。今朝は6時ごろからみぞれが降りはじめ、8時ごろから雪になった。またもや北から雪を連れてきたようである。 いよいよ今日9月21日はラサにつく日だと意気込んでいたが、雪が激しく降るので、道沿いの漢族食堂でゆっく…

内蒙古からチベット7000キロの旅㊱ ナクチューから羊八鎮へ

ナクチューを出発するとすぐに、漢名で“怒江”と呼ばれるナクチュー川があった。この川ははるか南のミャンマー(ビルマ)のモルメンまで続くサルウィン川の上流である。 道は西南の方向へ続いていた。高い山のない大地は、全体的になだらかな平原である。北チ…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉟ アムドーからナクチューへ

タンラの峠を越すとチベットに入り、道は徐々に下っていたが、周囲は灰褐色の荒涼とした大地で、寒々としている。やはり標高4,000メートル以上は、人間にとって好ましい自然環境ではない。月の表面のような、緑のない世界を眺めるのは、もう飽きて、何の…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉞ 魔の峠に向かって登る

翌9月18日朝、山々は白く、一夜で雪化粧となった。11時ごろ、標高4,800メートルのテーラマズの村についた。ここから標高5,321メートルもある、タンラ(チベット語のラは峠の意味)と呼がれる峠を、西川さんと同じように歩いて越すのである。 …

内蒙古からチベット7000キロの旅㉝ 死の川でヤクを追って

翌16日の朝、雪山賓館を出て、リチューと呼ばれる川沿いの道路工事事務所についたのは、午前11時すぎだった。 標高4,500メートルにあった雪山賓館 中はベッドがあるだけ 雪山賓館があった陀陀河近くの村 村の中を走るラサへの道 蒙古高原やチベット、青…

内蒙古からチベット7000キロの旅 ㉜高山病になる

9月15日、北麓川沿いを午前10時半に出発してタンブリウラ山脈を上った。岩が赤く、全体が赤っぽい山である。谷間には清流があり、真水だった。川沿いにチベット式の黒テントが8張りあった。 タンブリウラ山脈の中の道を南に向かう 標高4,700メー…

内蒙古からチベット7000キロの旅㉛ 赤い川と塩湖

9月14日の朝、不凍泉を出ると、道は南西へむかった。やがてチュマル平原に出た。北には崑崙山脈が東西に続き、南には崑崙山脈の支脈であるククシリ山脈がある。道沿いには、チルーが草をはみ、小さな穴から草ねずみか顔を出している。このねずみを狙うチ…