新制中国の望郷編㉚ 雲南省 五果村のサニ族

 1982年4月、私は雲南省昆明に2度目の訪問をし、駱越民族の末裔と思われるサニ族を踏査することにした。

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五果村ののサニ族の女性

 奇岩の多い石林の近くにある五果村は、昆明から126キロ東南にある。私は、22歳の通訳兼案内人の李君と、車をチャーターして4月8日午前9時に出発した。

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奇岩の多い石林

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石林の奇観

 石林には12時すぎに着いた。ここは、鋸歯状の石灰岩が広範囲に露出したカルスト地帯で、世界に知られた奇観の名所である。

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鋸歯状の石柱

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鋸歯状の石柱が林立する石林地帯

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石柱の前に立つ筆者

 この石林の中の広場で、旧暦6月14日には、近隣のサニ族が集まってタイマツ祭りがあり、青年男女が一晩中歌い踊るそうだ。

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五果村近くの道

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五果村 手前は成熟した菜種

 五果村は石林近くの小高い丘にあり、村の中にも石柱があった。私は李君の案内で村を見て歩いた。簡単な英語が話せる彼は昆明生まれだが、2年間石林に住んでいたので、五果村の事情に詳しい。

 五果村は、五つの樹がある村という意味で、百二十七軒、六百七十六人の村人がいるそうだ。漢語では「サニ族」だが、彼らの言葉では「ニーモ」で「ニー族」になるそうで、シャ族の「シェー」に近い発音になる。

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五果村の田畑

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くるくる棒で麦を脱穀する村人

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洗濯物を干す婦人

 道沿いに高い壁に囲まれた家があった。李君は壁の中ほどにある潜戸を押し開けて中に入った。中庭には左右に家があり、左は家畜用、右側の方が2階建ての住居。その入口には、赤紙に文字を書いて貼ってあった。

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村の中の池で洗濯する娘

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天秤棒を担ぐ女性

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村に多い黒豚

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新築中の家

 中に入ると、土間に老人が円筒形の椅子に座っていた。老人は、私に椅子に座るよう勧めてくれた。彼は、ブー・ブンッンという名前で68歳。そばにいた笑顔の女性は妻のリ・ナインさんで64歳だそうだ。

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ブー・ブンツンさんとリ・ナインさん

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リ・ナインさんの台所

 李君の知人の家で、リ・ナインさんは、遠来の友を迎えるかのように笑い、李君を抱きしめて歓迎してくれた。私たちはこの家で世話になることになり、しばらく座っていたが、また村を見て歩いた。

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大変明るくにぎやかなリ・ナインさん

 午後5時半頃になると、村人が野良から戻ってき始め、これまでいなかった水牛や牛、ヤギなどの群れが戻って来た。村人たちは、麦の束を背負ってもどり、共同収納庫に入れた。

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野良から帰ってくる人たち
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野良から麦わらを背負って帰り、共同収納庫に運び入れる村人たち

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村に戻ってきたヤギたち

 村人が戻り、家畜が多くなると、大変騒がしくなり、人の声に混じって犬や豚の鳴き声もする。夕餉の支度が始まり、村に煙がたなびく。野良仕事から戻って家の前の道端に座って雑談している女性たちは、手を休めることなく刺繍をしている。

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寸暇を惜しんで刺しゅうする女性
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サニ族の刺しゅうによる幾何学模様
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刺しゅうが得意なサニ族のデザイン

 私は、気の進まない李君を連れて村を隅から隅まで全部歩いた。習いたてのサニ語を交えながら、いろいろ話しかけたのだが、私に興味を示してくれる村人はいなかった。

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五果村の棚田

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夕餉用の煙がたなびく五果村

 翌日、村は昨日と一変して活気があった。昨日村を見て歩いたことから、気分的に余裕があった。鶏が鳴き、豚が走り、犬が吠え、雀までが泣き叫び、村人の話す声がリズミカルだった。

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村の女性に「ネフー」とあいさつしたが答えはなかった

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サニの娘の帽子「ウジェー」をかぶった筆者

 行き交う人に「ネフー」と声をかけると、驚いた表情で視線を向けるが、口を開いてくれない。村人たちは「こんにちは」の挨拶用語など使わず、会えば、お互いによく知っているので、大声で話し始める。形式的な言葉など必要ないのだろう。

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野良の仕事に出かける女性たち

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鎌をもって野良に出かける娘さん

 リ・ナインさんの家で昼食をとった。彼女が飯櫃の蓋を取ると、湯気が湧き上がり、白い米飯の上に黄色のトウモロコシ飯があり、更におかずの入った2つの鉢があった。1つは肉と青ネギを炒めたもの、もう1つはトウガラシをつぶして油で練ったもの。リさんは、茶碗に白い米飯とトウモロコシ飯をよそってくれた。

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蓋を開けた飯櫃

 ジャガイモの煮物もあったが、味付けはすべてトウガラシで、塩をあまり使っていない。この辺では塩が十分ではなかったのか、トウガラシが基本的な調味料である。米飯に辛いおかずをつけると食が進み、私は2杯食べた。

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リ・ナインさんが作ってくれたおかず

 夕食後の8時から、石林飯店の食堂で五果村の青年による歌と踊りが披露された。2人の娘には村で会っていた。1人の17歳の娘は池で洗濯をしていた。もう1人は野良から母親と牛を追って戻ってくる時に出会い、撮影させてもらった。

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正装した村の娘たち

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男たちの演奏で踊る娘たち
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顔見知りの娘たち

 男たちは紺色のズボンに白いシャツ、そしてカツと呼ばれる白いチョッキを着用し、頭には黒い布を巻いている。娘たちは全員同じ衣装で、色彩豊かなウジェーを被っている。

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演奏する青年たち

 青年たちはいろいろ歌い踊った。最後に、「サニは米作りに忙しい」という歌を歌った。娘たちが忙しげに田植えの仕草をしながら歌う、一種の田植え歌であった。

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田植え歌を歌う娘

 村の周囲にある棚田は、あと3週間もすれば、田植えが始まり、一面が早苗の緑に染まる田園になるそうだ。