古き良き時代のオセアニア

はじめに

 1968(昭和43)年12月27日、私は東京の羽田空港からオーストラリアのカンタス航空機で飛び立ち、南半球にあるオーストラリアのシドニーを訪れた。

 オーストラリア訪問にあたり、カンタス航空会社の東京支店に書類を提出して、協力依頼の交渉を3度もしたが、埒が明かなかったので、シドニー本社の情報部長ダンストン氏に面会を求め、直談判した。

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シドニーに着いた翌日の筆者

 「日本の若い(当時28歳)旅行作家が、オーストラリア大陸をくまなく旅行して、日本に紹介しようとしているのに、カンタス航空会社が協力すべきではないか。オーストラリアはまだ若い国だし、お互いこれからではないか。私には十分な金がない。ぜひ協力してくれないか」

 下手な片言英語でがなり立てる青年の脅迫めいた押しに、ダンストン氏は、「イエス」「ノー」をちょっと戸惑ったらしく、「1日の猶予をくれないか」と言った。

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シドニーの中心街 時計塔は中央郵便局

 そして、翌日の午後、事務所に彼を尋ねると、彼は立ち上がって迎えてくれた。

 「よく分かりました。貴君のおっしゃるとおり協力しましょう。日本往復だけでなく、二―ジーランドへの往復切符も提供します」

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シドニー湾のハーバーブリジ

 彼は、オーストラリア観光局シドニー総支配人のエリオット氏を紹介してくれた。そして、エリオット氏は、メルボルンの観光局部にあるアジア担当局部長のマリオット氏に紹介してくれた。私は、すぐにメルボルンを訪ねてマリオット氏に会った。マリオット氏は大歓迎してくれ、彼の家に泊めてくれたうえ、メルボルンに本社のある全オーストラリアを走っているアンセット・パイオニア、バス会社のマーケティング・マネージャーであるジャック・ロン氏に、是非協力してやってくれと頼んでくれた。

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メルボルンの中心街

 メルボルン本社の事務所を訪ねて会ったジャック・ロン氏は、壮年の大男だった。私は彼に、自分がなぜオーストラリアに来たかを説明し、すでに世界72ヵ国を独力で旅して、2冊の著書がある旨を伝え、約1時間話し合った。

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世界72か国を一周して書いた最初の著書

「よし、若い君を買った。全オーストラリアの旅行費を全部私の会社で持とう……。私が責任を持つから好きなだけ旅行してくれ。オーストラリアは広いから5、6ヵ月はかかるだろう」

 ロン氏は、私の生活費や交通費を出させるために、会社に売り込んでくれたばかりではなく、ニュージーランドニューギニアへも売り込んでくれた。

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メルボルンで家庭の昼食に招いてくれた若い夫婦

 彼の依頼で、ニュージーランド政府観光局から、1ヵ月間の滞在費と交通費を持つから、是非ニュージーランドにも来てくれるようにという吉報が舞い込んだ。ニューギニアからも、協力してくれる旨の通知が届いた。

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南ニュージランドのタスマン氷河上での筆者

 ロン氏は私のために随分苦労したようだが、全オーストラリア大陸を陸伝いに旅するのは、日本人として初めてのことである。しかも、1969(昭和44)年以後、日本の観光客を豪州に勧誘しようとの計画があった矢先でもあったのが幸いして、まず最初に私を試験台に担ぎ出したという訳でもあった。

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山のない中央オーストラリアの牧場

 私は幸運にも、日本人として始めて全オーストラリア大陸と南北ニュージーランド島を陸伝いにくまなく旅することができ、その後ニューギニアをまわり、6ヵ月間の旅行を無事に終えることができた。

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ニューギニアのマウント、ハーゲン

 帰国後すぐに著書「未来の国オーストラリア」を書いて講談社から出版した。もう半世紀も前のことになるが、当時撮影したカラーポジの写真中心に、古き良き時代のオセアニアの様子を簡単な文章を添えてこれから3~40回紹介するので、関心のある方は是非ご覧あれ。

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豪州の旅についての拙著、講談社出版

古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑨

ハイマン島の美女たち

 グリーン・アイランドの近くに、オーストラリア人に人気のある観光地“ハイマン島”がある。

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ハイマン島の桟橋と砂浜

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ハイマン島のレストランで働く女性たち
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ハイマン島のレストランの昼食時

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ハイマン島の若い観光客たち

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レストランで働く若い女性たち

 私は、“グリーン・アイランドを訪れた後、そのハイマン島を訪ねて一泊した。そこには沢山の観光客がいて、若い美しい女性が多かった。

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ハイマン島で働く女性

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プールの中で戯れる若い観光客たち

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ワラビーと戯れる女性たち
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身長178センチの均整の取れた女性

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ホテルの木製階段で読書する女性
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観光に来た18歳の可愛い娘さん

 島では海に潜ることもなく、のんびりとして時を過ごし、海を眺めていたり、美女たちと話した。島で撮影した当時若かった女性たちを紹介するので、ご自由にご覧あれ。

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ハイマン島気動車

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気動車に乗り込む観光客たち」

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気動車内の観光客たち

古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑧

グリーンアイランド

 私は、シドニーからアンセット・パイオニアのバスで、クイーンズランド州ブリスベン、ロックハンプトン、タウンズヴィル、ケアンズと北上した。

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モーテルの庭に停車しているアンセット・パイオニアのツアーバス

 クイーンズランド州北端にあるケアンズの町から、約27キロ沖合にあって、舟で1時間半のグリーンアイランドを訪ねた。

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ケアンズの町のホテル

 この島は、グレート・バリアリーフの中にあるサンゴ礁で、30メートルも伸びたヤシの樹と、熱帯広葉樹の生い茂る僅か0.13平方キロメートルの広さ。島の周囲は、干潮時になるとリーフが現れて、なんと2倍以上の広さになる。

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サンゴ礁ノ島

 サンゴ礁が海底から顔を出すと、ところどころに水溜りができて、20センチほどの魚がピチピチ跳ねている。私は、魚なんぞに目もくれず、潮が引き去ったサンゴ礁の上をゴムゾウリを履いて歩き回った。

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舟から見たグリーンアイランド

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グリーンアイランドの桟橋

 珍しい貝や海藻が空気にさらされている。大きな貝に手を触れると、ピューと水を吹き出して、顔にひっかけられた。とっさのことで思わず口を開けたら、またもや口の中にピューとやられ、塩からい水をグイと飲んでしまった。

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干潮時に現れた砂浜

 褐色の大きなヒトがいた。ヒトデはサンゴを喰うそうで、近くにいるのは殺されてしまうのだが、まだ生きていた。ヒトデは浅い水の中で実によく動く。足を盛んに動かして移動する様は、想像の火星人に似ているような気がした。

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ヒトデ

 そこそこに見て回り、ヤシの木陰にあるレストラン兼ホテルにとって返し、一眼の水中眼鏡を借りた。

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レストラン兼ホテルの野外カフェテリア

 グリーンランドには、L字型の長い桟橋があり、どんな干潮時でも船が着けるようになっている。桟橋の突端は世界的に有名な海底公園の中心であり、潜望塔があって、長方形の鉄製の箱が、海底に据え付けてある。その世界一素晴らしいと定評のある海底公園をじかに見ようというのである。

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桟橋の突端は海底公園になっている

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桟橋突端に設置された潜望塔の窓をのぞく女性

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海底の潜望塔の窓をのぞく筆者

 海中に潜って、人差し指を近づけると、濃褐色に白の大縞2本、頭部と腹にある3、4センチの小さな魚のクマのみが、尾をピュピュと振って指先に近づき、チュッとキッスをした。そして、くるりと向きを変え、ひも状のイソギンチャクの中に引きこもった。

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イソギンチャクとクマノミ

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ひも状のイソギンチャクに隠れたクマノミ

 無数の造礁サンゴが約3千万年もの歳月をかけて築いたといわれるサンゴ礁は、20メートルもの底がはっきり見られるほど澄んだ海中にさまざまな造形を施し、色鮮やかな魚に格好の住処を提供している。

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スズメダイ

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緑色に映えるサンゴ

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水中眼鏡をつけた筆者

 このサンゴ礁のグレート・バリアリーフは、ニューギニア沖からオーストラリア大陸の北東岸沖まで続き、延べ2000キロにも及ぶサンゴ礁の王様なのだ。

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ハタゴイソギンチャクに隠れた魚

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サンゴとソラスズメダイ

 私の他にはオーストラリア人が5人海に潜っていた。なんと言ったって海に潜って魚と戯れ、指にキッスされるなんてことは、ここしかあるまい。

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ハタゴイソギンチャクとチョウチョウウオ

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ミノカサゴ

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ハタゴイソギンチャクとチョウチョウウオ

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海岸の砂地に群生する稚魚

 桟橋の袂には稚魚が群棲していた。深さ1~2mの所が最も海藻が繁茂し、魚が多かった。なんとなく海に抱擁されているような快感を覚え、興奮の時を過ごした。

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講談社発行のオセアニアの旅を紹介した拙著

 

トンガ王国紹介(海底火山爆発)

 私は、1999(平成11)年12月7日から、2泊3日で、トンガタプ島に滞在し、子どもたちの遊びについて調査したことがある。今、海底火山の爆発で話題になっているので、少しでも理解と援助を深めることができればと思い、当時の様子を簡単に紹介する。

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首都ヌクアフロア東部地区で、5個の小石で遊ぶ石とり遊び”モア”をする子供たち

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木の実でお手玉遊び”ヒコ”をする子供

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木の実でビー玉遊び”マプツイツイ”をするホーマ村の子供たち

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木の実でのお手玉遊び

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トンガタプ島西端のホーマ村の子供たち 

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平屋建ての家の中で遊んでいた子供たち

 トンガはサンゴ礁と火山島からなるポリネシア人の王国。なんと、150もの島々からなる総面積が僅か69平方キロメートルの小さな国。しかも人が住んでいるのは36島にすぎないし、ほとんどの島は山がなく、低い平地のサンゴサンゴ礁。人口は僅か10万人で、しかも約60%以上が主島のトンガタプに集中している。

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トンガタプ島にある首都ヌクアロファの海岸

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海面との差のないトンガタプ島の陸地

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英国人クック船長の上陸記念碑のそばに立つ筆者

 トンガタプ島にある首都のヌクアロファは、人口3万人くらいの小さな町で、5~6階のビルが一番高く、殆ど1階の平屋建て。

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首都ヌクアロファの建物

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中央郵便局

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ヌクアロファのメイン道路

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ヌクアロファ市街

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ヌクアロファ市街

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ヌクアロファ中心地

 トンガ社会は、王・貴族、マタブレ(貴族の従者)、平民の4階級社会に分かれた身分制社会。義務教育は6年生の初等教育だけであった。公用語はトンガ語と英語。産物はココナツの実のコブラとバナナだけだが、日本の技術指導によるマグロの延縄漁などが定着し、日本やアメリカにマグロを輸出している。

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椰子の木が生えているタロイモの畑

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海岸近くの遠浅に造られた仕掛け

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海岸に造った仕掛けで魚を取っていた少年

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市場で売られていたトンガの民芸品

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素朴な市場

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トンガタプ島西端の潮吹き穴から十数メートルも潮が吹き上がる

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首都郊外の墓地 クリスチャンが多い

 とにかく、低くて平らなサンゴ礁の島なので火山灰よりも、高さ15メートルもの津波の被害が甚大で、小さな島は殆ど潰滅状態ではないだろうかと、当時会った子どもたちなどを思い出しながら心配している。何とか無事でありますように・・・。

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宴会に出された豚の丸焼き、大変うまい

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ホテルでの楽団

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ホテルのショウとしてのトンガの踊り

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若い踊り子

 

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男の踊り子たち

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案内してくれた青年海外協力隊の現地事務員山口さんと筆者

古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑦

シドニー郊外の放牧

 オーストラリアは、大陸東海岸の山脈がもう100キロばかり西に寄っていれば、世界一豊かな国になる自然条件を充分に備えていたのだろうが、悲しいかな海岸からわずか100キロの地を北から南に走っているのみで、他には山と呼べるような木の生えている高い山はほとんどない。

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ブルー・マウンテンの中の滝

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ブルー・マウンテンの中の岩山スリーシスター

 その山脈のシドニー西郊外に、ブルー・マウンテンの中に“スリーシスター”と呼ばれる有名な観光地となっている岩山がある。とにかく、山脈の東部は比較的降雨量が多く、年中緑に覆われ、放牧が盛んだが、西側はほとんど降雨がない。中央部にはもう9年間も雨が降らないので、12、3歳の子供たちが雨という言葉すら知らないところだってある。しかし、そんな地域は日本の3、4倍の広さでしかない。

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中央オーストラリアの乾燥地帯にある、大地が褐色の牧場地

 オーストラリアの総面積は777万平方キロで、日本の約21倍の広さ。その3分の1が砂漠。これは乾燥した土地、残りの3分の1が農業開発されている。3分の1といっても日本の7倍もの面積なのだ。

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メルボルン郊外の牧場

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牧場にある風車による自家発電

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大平原の中の牧場をジープで見回る牧場主

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平原のなかの牧場で、水をくみ上げる風車

 オーストラリアは枯れたような赤茶けた大陸だとされているが、それは高度数千メートルもの上空からのことで、シドニーからメルボルンに向かう道沿いは、必ずしもそうではない。

 道沿いにはオーストラリア全土にあるガムの木の林があり、牧場にはグリーンベルトが敷き詰めてあった。

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シドニー郊外のガムツリーの多い牧場地帯

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シドニーメルボルン間の道沿いにあった緑の多い牧場

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ガムツリーの多いシドニー郊外の牧畜場

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牛から搾乳する青年

 ガムの葉はライトブルーからダークブルーと種々雑多な色に見えるが、とちらかと言えば柳の葉のような感じがする。しかし、それを正確に表現するのは難しい。というのは、オーストラリアの木は殆どがガムで、その種類がなんと五百数十種もあるから。

 そのガム林が焼き払われて牧草が生えている牧場は、どこかまだ未完成という感じがする。

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平原で水場に集まった羊たち

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集められた羊たち

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牧場での羊毛刈り

 オーストラリアでよく目にするのは、緩い丘であり、クリーク(小川、普通は水がない)があって、枯れ木がそこそこに立ち、枯れた大木がふてくされて横になっている感じなのだ。それだけに開拓中という感を覚える。

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飛行機が導入された、シドニー郊外の大型牧場 森林はすべてガムの木

 しかし、現在ではアメリカの機械文明輸入によって、莫大な費用と機械力を駆使して、このガム材をブルドーザーで押し倒し、あっという間に整地された立派な牧場ができている。

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牧場から大型トラックで羊を積み出す

 いずれにしろ経営規模の大きいことはアメリカに次いで世界第2位だ。だから企業と呼んでも不思議ではなく、実際今日のオーストラリア人たちは、1つの会社をつくると同じような形態で牧場経営のために投資するようになっている。

古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑥

シドニー湾のヨットレース出発

 シドニー湾は世界3大美湾の1つで、入り江が長く、大きくて深いので、素晴らしい景観である。その湾内で最もポピュラーなのがヨット。ヨットはオーストラリアで最も人気がある海上スポーツで愛好者が多い。

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シドニー湾の奥に艇泊中の貨物船の横を

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午前10時頃シドニー湾中央に集まるヨット

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出発前の未だ帆を張っていないヨットの群れ

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帆を張り始めるヨット

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帆を張る準備をするヨット

 年に1度行われるシドニーからタスマニアホバートまでのヨットレースがある。シドニー滞在中、その有名なヨットレースのシドニー湾を出発する素晴らしい光景を見ることができた。

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湾中央部で一斉に帆を張ったヨット

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帆を張ったヨットは湾外の外洋に向かって進む

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外洋に向かうヨットを見送る船上の人たち

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湾の出口に向かうヨット

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シドニー湾は広い

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広い湾内にあふれるヨッと

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ヨットレースを見守る警察の船

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ヨットを見送る人たち

 何より、広い湾を埋め尽くすほどのヨットの数とレースの出発を見ようと集まった人の数の多さに驚かされた。

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シドニー湾の出口

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湾の出口を勢いよく進むヨット

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湾の出口で見送る人たち

 湾内で、白い帆を張った数十艘の大型ヨットは、やがて一斉に外洋に向って進み始めた。それらに伴走するかのように、小さなヨットや見送りの人々が乗った船が追走するので、湾内は船で溢れた。

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湾外の外洋に出たヨットは、大きなカラフルな帆を張り、スピードを上げた

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外洋に出たヨット

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見送りの船は湾外近くからそろそろ引き返した。

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外洋を疾走するヨットの群れ

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最後の見送りをする舟

 レースに参加したヨットは、やがて外洋に出ると、色とりどりの大きな帆を張り、風を受けて、一路南のタスマニア島のハボートに向かった。賑やかであったシドニー湾は、再び静な表情かになった。

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湾内を引き返す小さなヨット

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静かになったシドニー湾の入口を進む中型ヨット

 シドニーは、人も街も、空も、海も、空気もみなきれいであった。

古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑤

ホンダイ・ビーチ

 私が、シドニー郊外の南太平洋に面したホンダイ・ビーチにやって来たのは、1968(昭和43)年12月29日の日曜日であった。日本は真冬であったが南半球のシドニーは真夏であった。

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シドニー郊外ののボンダイビーチ

 数キロもある長い砂浜の彼方には、まるで絵を見ているようなカラフルな家々が建ち並ぶ丘がある。空は青く晴れわたり、海も碧い。色とりどりの水着がまるでモザイクのように敷き詰められている。

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セーリングボート

 青い空、碧い海、褐色のレンガ造りの壁、柿色の屋根瓦、サラサラした灰褐色の小さな砂があふれるビーチ、燦燦と降り注ぐ太陽、快い潮風、のびのびと半裸で日光浴をする美しい乙女たち、寄せる波、波間に歓声を上げるサーフィンの若者たち、それらすべてが私のイメージになかったホンダイ・ビーチだった。

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若いカップ

 私はホンダイ・ビーチに立っていた。広かった。青かった。誰も変な目で見なかった。バスタオルを頭に巻いて歩いた。日光が強かった。潮の香りが漂った。誰かが通りがかりの私にキックボールをよこした。

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強い日差しに肌を焼く女性たち
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日焼けした肌の女性

 「ハーイ、そのボール向こうの人に投げてやって、その人にやっては駄目、早くして」

 私はいつの間にか彼らのボールゲームの中に入っていった。バスタオルはどこに落としたのか分からなかった。

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砂浜に寝そべる少女たち

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白い砂浜の少年たち

 「じゃ、また」

 「シー・ユー」

 若者たちはまたボールを投げ合っていた。どこかが楽しかった。頭の中か、足の裏なのか、ハートの中か、血管の中か、目か、鼻か、耳か、口か、髪の毛か、そんなこと分かりやしない。全部なのかもしれない。

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サーフイン・ボードを持つ少年たち

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青い海でサーフインをするヒットたち

 シドニーでよく素足で歩く若者を見かけた。素足は北欧のヘルシンキストックホルム、それに太平洋の真ん中のハワイだってよく見かけたので、別に珍しくも不思議でもない。

 素足を文化のバロメーターとする見方はないようなので、彼らは気軽に素足になって歩く。中にはサンダルや靴を手にして歩く者もいる。

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素足の少女たち

 すべてがどこか調和している。ピカソの抽象画を見てもわからないが、なんとなく斬新で、ユーモアがあって、バカバカしくて、実に単純なのだが、面白い。それらを1つ1つ取り上げてもちっとも良くないが、カメラのシャッターのように、サッと映る映像がとっても美しいのだ。

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海岸近くで撮影を要求した少女たち

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 夕方のホンダイ・ビーチを、日焼けした人々がバスタオルなどをアミカゴに入れ、三々五々と散っていった。あとには静かな夕焼けが押し寄せる波にきらめく、チリ1つない砂浜が残った。

古き良き時代のオセアニア オーストラリア④

オーストラリア的風景

 シドニーに着いて間もなく、同郷の日本人宅に招かれた。彼は、丘の上のモダンなマンションの4階に住んでいた。

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メルボルン郊外の家並み

 広い大きなガラス窓から種々様々な屋根が見えた。モザイクスタイルもあれば縞模様、色違い、それに瓦の大きさを違えたのもあり、大変美しい光景だ。いったい何のためにあんな具合に美しく調和するように屋根瓦を葺くのだろう。

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シドニー市街に家並み

 「ありゃ、見る人を楽しませるために協力して作った屋根じゃねえ」

 彼はそう言って笑った。しかし、人に見せるために自分の家の屋根を葺くなんてどう考えても納得がいかないが、全体的には実に美しく見える。

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シドニー市街のいたるところに花が植えてある

 後日、中央オーストラリアのアリススプリングからアデレードに飛んだ時、私の隣席にいた、アデレード郊外で牧場を経営しているという中老のカフレイさんが、こんなことを言っていた。

 「美しいでしょう。どこから見ても美しいように区画されているんですよ。大地なんて上空から眺めるのが一番美しいのです。あの区画はケツタッキーですね。あれはイタリアン……こちらは麦です。あそこはコーン、あそこは何もない・・・」

 15、6種の区画に植えられている穀物名や牧草名を教えてくれた。とっても楽しかった。それこそ、ピカソの描く画なんかよりも、アデレード近郊の農業地帯が奇妙な調和をなした美しい眺めであった。

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シドニー郊外で馬に乗る若者たち

 何のためにあんな美しく区画され、様々な農作物が栽培されているのだろう。褐色の無味乾燥な大地というイメージを変えるためだろうか。

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シドニー郊外の風景

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シドニー市内の公園でゲートボールをする老人たち

 そういえば、シドニーで毎年開催される、オーストラリア最大のお祭り、ローヤル・シドニー・フェスティバル・ショーの農業祭で、農産物の品評会が催されていたが、展示された農作物を見て驚かされた。

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ローヤル・フェスティバル・ショーでの農作物の展示会場

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農作物品評会の陳列

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果物や野菜の展示

 ありとあらゆる農産物が、モザイク式の美しい画を描いていた。品評会の対象は、1つの農作物ではなく、多くの農作物が、いかに品質のより産物で、どのように美しく表現されているかであった。

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ローヤル・フェスティバル・ショーの家畜会場の世話人たち

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品評会に出した牛の尻尾の毛を整える婦人

 私は、もともと農学部を卒業しているので、農業に関しては、いかに不良学生といわれても、いささかの知識と技術を身につけている。だから、全世界を旅行し、至る所で農業祭や産物品評会なるものを見たが、この時に見た農産物品評会の展示会場のように美しく、調和のとれた展示を見た事がなかった。そこに描かれている素晴らしい色彩のすべてが、果物、野菜、穀物、羊毛、毛皮などで表現されていた。

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フェスティバル・ショーでのウット・カッティング競争で、直径30センチ余りの丸太を、十数秒で切り終わる。

 こんなことまで説明しなかったら、高所から眺めている民家の屋根の集合体が、計画的に作られたかのように、色彩豊かで美しいのかが分かるまい。何より、オーストラリア的風景を見ていると実に楽しい。なんだかおとぎの国にでもいるような錯覚に感動した。

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タスマニアの博物館に展示されていた家の模型

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博物館に展示されていた家の模型



古き良き時代のオセアニア オーストラリア③

開放的な町シドニー

 私がシドニーに着いてまず驚かされたことは、実に美人が多いことだった。何よりミニスカートに、よく似合ったカモシカのようなヒップと長い足が、いっそう美しく見せているようだ。

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スナック菓子をほおばる足の長い美女たち

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シドニー郊外のプールで泳いていた娘さん

 各民族の混血児には美人が多いと言われるが、オーストラリアは混血児が多い。第二次世界大戦後のヨーロッパ各国の食糧欠乏と混乱から逃げ出した各民族が、食糧の宝庫といわれたオーストラリアの地に続々と移民して来たので、アングロサクソン、ゲルマン、ラテン、ギリシア、スラブ、アラブ系などの混血が多いのである。

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各民族の混血が多いオーストラリア人たち

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街路樹の椰子の根元に座った筆者

 彼女たちには、北欧女性のような肌の白さはないが、イタリア女性のような健康的な肌色をしている。栗毛もいれば金髪もいる。黒髪もいればライト、ブラウンもいる。食糧豊かな国で、年がら年中バターや肉を食っている関係から、身長も高く、体格が良い。

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体格の良い女性たち

 余談だが、シドニーに着いた翌朝、宿泊していたYMCAのメニューを見て驚いた。なんと朝からビーフステーキやマトン、チキンにベーコンエッグアンドソーセージなんてのがある。その肉類以外にコーンフレークが付く。

 こんな調子で3食肉を食うのだから、体力がつく。私の知っている限りでは、世界一ヘビー級の朝食だった。

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よく食べていた娘さん

 食べ物だけではない。シドニーの街は実に開放的なムードが、中心街のピットストリートやジョージストリートにみなぎっていた。シドニー中心地のオーストラリア・スクエアには若者がたくさん集まっていた。私が撮影しようとカメラを向けると、ちょっと待ってと言って、坐禅を組んで見せた。そして、「ゼン・ブディスト」と言って目を閉じた。

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座禅を組んで見せる若者

 女性にカメラを向けると、ちょっとしたポーズを取る。別に気取っている訳ではないが、何気なくポーズする。

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ヨーロッパの民族衣装の娘とリンゴをかじる娘さん

 「ネエー、一枚送ってくださる。私の住所と名前を教えとくわ」

 とサラリと書いてよこす。たいていの国では、若い娘にカメラを向けると、逃げるか、顔を隠すか、表情が硬くなる。それに名前も住所も、こちらが尋ねたってなかなか教えてくれない。ましてや年齢などとうてい駄目なのだが、オーストラリアの女性はいとも簡単に教えてくれる。

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なんとなくポーズをとる娘さん

 「どうして年齢を隠さなきゃいけないの、年齢を隠したがるのは40、50歳になってからでしょう。若い女性が年齢を隠すなんておかしいわ、あなたが私に年齢を尋ねたってちっとも失礼じゃないわよ」

 スー・ウエンディという若い娘は初対面の私にこう言った。この感覚はヨーロッパやアメリカにはなかった。

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シドニー中心地オーストラリア・スクエアーで踊る人々

 スーは21歳でデパートに勤めていた。彼女は、6時の閉店になると、客がいようがいまいがレジを締めて、ピタリと仕事を止めると言った。客からすれば実にけしからんことだが、客のほうも、自分の勤め先ではそうするのだからちっとも頭にこないのだそうだ。

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昭和45(1970)年5月に講談社から出版した拙著

古き良き時代のオセアニア オーストラリア ②

世界一のオペラハウス

 オーストラリア人は「世界一・・・」という言葉が好きな国民である。「世界一素晴らしい湾」「世界一大きな一枚岩」「世界一長いツアー」「世界一のオペラハウス」などと、列挙していると果てしないが、どことなく横柄で呑気な性格の所存である。

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世界一巨大な一枚岩エールスロック

 世界一のオペラハウスには、年月も費用もそれにそんなことなど気にしない、ただ世界一という意義に憧れる、世界一呑気な性格が加わっていた。

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世界三大美湾の一つとされるシドニー湾の入口

 シドニー市民たちは、今から百年後には歴史上の立派な建築物になるのだから、時間や費用にケチケチしてはいけないんだと言いたげなところがあった。その前近代的な国民性が、目先の効きすぎる私たちの感覚にチクリと針を突き刺す。まさしくこのオペラハウスは、21世紀にも通用する代物なのだ。

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世界一を誇るオーストラリア人の夕食会

 1956年、オペラハウスの設計を全世界から公募し、デンマーク人のデザインが採用され、59年から工事が開始された。

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遥か遠くに見えるオペラハウスとハーバーブリジ

 オペラハウスの建設費は、最初976万オーストラリアドルで、完成予定は64年であった。しかし、64年には完成が67年で費用は3,480万ドルに改められた。65年には費用は見積もりが5,000万ドルになり、66年には、工事責任者のデンマーク人が未完成のまま帰国してしまった。

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オペラハウスを眺めるカップ

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拙著の表紙になっているオペラハウス

 とにかく、これではシドニー市民自慢の種にケチがつく。そこで当時の建設大臣が、その後の責任を負って、費用は何と8,500万ドルで、当初の実に8.7倍、歳月は10年以上も遅れてやっと外見だけが完成したと言う。

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世界的に有名なシドニー湾のハーバーブリジ

 私はこれまでに何十ヵ国も踏査し、あらゆる人や文化に接して来た。しかし、私がオーストラリアで接した、「世界一・・・」と口にする人々はどこか違っていた。それはヨーロッパにもアメリカにも、アジア・アフリカにもいなかった。白楽天の“白髪三千丈”的人たちであった。

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中央郵便局の大きくて立派な古き良き建物。左手の銅像は、局前の忠霊塔を守る兵士の像

 私が、日本と比べて物価の高い(当時)オーストラリアを、五カ月もかけてくまなく旅行できたのは、このオペラハウスを自分でも作りかねない、「世界一・・・」を自負する人々の協力が得られたからであった。

古き良き時代のオセアニア オーストラリア①

新大陸のシドニー

 オーストラリア大陸の発見は、1642年に、インドのカルカッタにあった東インド会社のオランダ航海者アベル・エ・タスマンによって、タスマニア島西岸が発見されたのが最初とされているが、大陸自体は、1688年から99年にかけて西オーストラリア沿岸を航行し、数ヶ所に上陸の跡を残した英国の海賊船長、ウィリアム・ダンピェルの発見によるものであった。

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シドニー近くのニューカスルの海岸

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シドニー湾の入口

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シドニー湾の中

 その後、100年近くも経った1770年、英国人のキャプテン・クックシドニー南部のボダニー湾に上陸した。そして、1788年にアーサー・フィリップ提督の流刑者を乗せた11隻の艦隊によって、始めて英国からの移民が成立し、オーストラリア大陸にユニオン・ジャックの英国旗が翻ったとされている。

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中央郵便局にひっるがえるユニオン・ジャックに類似するオーストラリア国旗

 シドニーと言う地名は、正式に決められたものではなく、初めは“アルビオン”と呼ばれていたそうだ。しかし、その後、オーストラリアに滞在したフィリップ総督が、英国のシドニー子爵の名に因んでシドニー・コプと呼び、1790年から、単にシドニーよりと英国本国に手紙を出したことから、シドニーの地名になったと言われている。

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シドニーのメインショッピング街

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ショッピング街

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シドニーの中心地、オーストラリア・スクエアーの野外カフェテリア

 1813年頃からオーストラリア内陸の開発がなされ、ブルー・マウンテンの探検によって、家畜を放牧する牧野オーストラリアの端を発した。そして、やがて自由移民が始まり、徐々に人口が増加した。

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ブルー・マウンテンの中の大木

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ブルー・マウンテンの中の岩山、スリーシスター

 特に、第二次世界大戦後、食糧欠乏と混乱するヨーロッパ大陸からの移民が多く、統計によると、戦後急に200万人の移民があり、僅か20数年の間にして、人口が500万人も増加したとなっている。しかし、日本の21倍も広い国だが、人口はまだ千数百万人(当時)の若い国なのである。

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シドニー郊外の牧場

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トラックによる羊の積み出し

 シドニーは、ほとんど雨が降らず、空は年中青く、温暖であり、オーストラリアで最も古く、最初にできた大きな町である。

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シドニーの英国風紳士の卵たち

各民族の伝統体育⑳ その他の少数民族

1,民族不明 連たこ

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民族名は聞き漏らしたが、競馬場での凧揚げ

2.チンポ族(雲南省

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女性の銀飾りが特徴的なチンポ族


3.チノ族(雲南省

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女性の三角頭巾が特徴的なジノ族

4.シエ族(福建省

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未婚の女性は、頭に布製の輪をするシエ族

5.リ族(海南省

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海南省リ族の男性

6.ニック族(雲南省

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雲南省チベット系民族、ニック族の弓

7.土家族(湖南省

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湖南省土族の、はね上げた短い棒を、やや長い棒でたたいて飛ばす、棒飛ばし。

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短い棒を叩いて、跳ね飛ばした距離を競う棒飛ばし。

 

各民族の伝統体育⑲ モンゴル族(内蒙古自治区)

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競馬場での選手入場

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モンゴル族

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筆者を世話してくれたモンゴル族のホシコ。ポインさんとニマさん(左)

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内蒙古自治区主席バートルさんと筆者

1.内蒙古自治区モンゴル族角力、ブッフベルドフ(ブッホ)運動場

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モンゴル族角力の選手入場(運動場)

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モンゴル族角力、ブッフベルドフ(ブッホ)

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モンゴル角力には土俵はなく、尻、肩、背などが大地に着いたら負け

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モンゴル族の豪華な貴賓用ゲルに座る筆者

2.内蒙古自治区モンゴル族 ラクダの競争(競馬場)

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ラクダの入場

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立派なフタコブラクダ

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一周1,000メートルくらいのコースを回るラクダの競争

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ラクダの競争は、競馬よりも迫力がある。

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モンゴル族の娘の帽子をかぶった酩酊気味の筆者