地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅㉓ ラマ教のタール寺

 西寧から西南方向へ33キロの湟中県(こうちゅうけん)にあるタール寺までの道は舗装されていた。標高2,500メートルにあるタール寺は、ラマ教黄帽派を創立したツオン・カパの出生地である。彼の後継者たちはダライ・ラマとして尊崇され、黄帽派チベットの国教となり、1960年代まで存続し、今もまだ宗教的勢力が強い。このタール寺は、ラマ教を信仰する多くのチベット族、蒙古や土族などが参拝する聖地でもある。また蒙古族が、蒙古高原からチベットのラサヘ巡礼に行く中継地でもあった。

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標高2,500メートルにあるタール寺

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タール寺入口の一つ

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タール寺前の青空市場

 現在のタール寺は、明朝時代の1560年に建立されはじめ、77年にほぼ一定の規模を備えるまでになったといわれている。この寺の占める面積は40ヘクタール。建物はチベットと中国の技術を結合したもので、特有な風格を備えた殿堂が多い。

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タール寺の中庭の一つ

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タール寺の中

 タール寺の事務僧と交渉し、明日と明後日の取材許可を願ったが、交渉は難航した。夕方になって、明朝活仏に直接話してくれということになり、仕方なく西寧に引き返した。

 翌9月1日の早朝タール寺を再訪した。九時の約束であったが、10時すぎになって事務僧が出勤した。約束の時間を正したら、北京の夏時間ではなく、1時間遅い時間を使っていた。

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タール寺の小坊主

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中庭での僧たちの問答研修

 タール寺には6人の活仏がいる。活仏とは、ラマ教特有の考えで、仏や聖僧などの生まれかわりと信じられている聖僧のことである。チベット語では「ゲゲン」と呼ばれ、寺の中では大変な権威と権限をもっている。

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ツオン・カパ像

 担当の却西活仏に会った。まず、ラマ教徒の習慣にのっとって、ハ夕を差し上げた。大変にこやかな、上品な顔立ちで、権威あふれる雰囲気があった。しかしなかなかの商才で、すべてお金によって許可を出す抜け目のない人であった。タール寺には現在、15歳以上の僧か500人いる。これは、お経を学ぶ勉学僧や管理運営の事務僧、その他の雑役係の労務僧も含めたタール寺全体の住民の数である。

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午前中の問答学習

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中庭でたむろする僧たち

 西川さんが旅の途中立ち寄って、泊まっているので、私たちも特別許可を得て、タール寺の招待所に1泊した。なんの飾りもない、四角形の殺風景な部屋は寒々としていた。鉄製の簡易ベッドで、2枚の布団にくるまって寝た。

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チベット・漢風建築

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複雑な様式の建物

 9月2日、午前6時に起床し、大経殿横の炊事場へ行った。ここでは、五右衛門風呂よりも大きな、直径1・5メートルもある釜で、500人分の頭巴(ドーパ)と呼ばれる肉入り雑炊を煮こんでいた。

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タール寺内の立派な仏塔

 午前2時ころから火を入れて焚いていた大釜の中では、米、牛肉、バター、植物の根である蕨麻なとの材料が、すでに形をとどめないほどに煮込まれていた。そして赤い法衣の炊事当番僧たちが、最後に干しぶとうと葱を入れ、大きな長い棒で釜の中を何十回もかきまぜる。そのたびに湯気が立ち、甘い香りかただよう。

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合図用の大太鼓

 6時55分、当番の僧が大経堂の門の上にある鼓楼にのぼり、朝の勤行合図の大太鼓をドンドン叩く。その音にひかれるように、まだ明けきらぬ朝ぼらけの中を、赤い法衣をまとい、ラマ経独特の、船型の黄色いフェルトにトサカのような赤毛がついた帽子をかぶった僧たちが、次々に大経堂に入った。

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中庭で休息する高齢の僧たち

 7時から、低いが伸びのある、よく通る声で読経が始まった。僧たちは、板の上にじゅうたんを4~5枚重ねて敷いた長い台座に並んですわっている。私は、信者たちがすわる入口の床にあぐらを組んだが、尻が冷えた。読経はチベット語だが、日本の僧が読経するリズムと似ているので、違和感はなかった。

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朝の勤行中

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バター茶を運ぶ少年僧

 僧たちは7時半と8時に、桶に入ったバター茶を、懐に入れて持参している椀に、当番の小僧たちから注いでもらって飲む。中には麦こかしのツアンパをこねて食べる僧もいる。バター茶は、空腹で、しかも寒い時に飲むとたいへんうまい。

 8時すぎると、いっそう声か大きくなる。1時間以上もすわって瞑想しているのに、眠くならない。低音のまろやかな読経の声が、まるで鐘の音のように、すみきって脳裡に響く。心が安らぎ、気持ちのよい合唱である。それは、頭上から降り注ぐ光にも似たような、暖かく、心地のよい音色であった。

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チベット風建築

 9時から当番の小僧たちによって、特別料理の頭巴が手桶で配られた。小僧たちは桶を脇に抱え込んで競うように走り、忙しく配るので、まるで戦場のような雰囲気。僧たちは、頭巴を椀に受け、中指ですくって食べる。私も、僧たちに習って、冷たい床に座って、右手の中指ですくい上げて食べた。たいへんおいしく、空腹だったせいか、すべてが滋養になるように思われた。

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朝の勤行が終わった僧たち

 頭巴を食べ終わると、ふたたび読経が流れ、全僧がともに手を叩き、朝の勤行を終了した。僧たちはいっせいに立ち上がり、脱兎のごとく外に走り出した。そして、経堂の前の大地にしゃがみ、赤い法衣に隠し、座って排尿をする。

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勤行が終わって小用に急ぐ僧たち

 僧のいなくなった大経堂の中は静かで、薄暗い空間に、ローソクの明かりに映える仏像がぼんやり見えるだけだった。