地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅㉒ 道教の北禅寺

 西寧市には、北、西、南の3方向から川が流れこみ、西寧河となって東へ流れている。町の北にある北山に“北禅寺”と呼ばれる道教の古い寺がある。道教では、寺を“道観”僧を“道士”、尼を“女冠”と呼ぶ。

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北山の絶壁にある道教の北禅寺

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北禅寺に登る建設中の階段

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北善寺の碑

 北山には、大地が陥没したような岩石が絶壁になっているところがある。下から見上げると絶壁の上は台地になっており、高さが100メートルほどもある。下の方は急な斜面だか、中腹以上は垂直な岩壁である。道観は、その岩壁を穿って作られている。いま修復中で、臨時に設けられた坂道を登った。

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壁に沿って臨時に作られた道

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臨時に作られた坂道を上る参拝者

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道観の中心的建物”土楼観”

 「土楼観」と大書された朱塗りの山門をくぐって入った。

 石窟の壁には神像が描かれており、線香が煙って、その前で数人がひざまずいて祈っていた。まだ修復中で、残された壁画以外は何もない石窟。

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土楼観の前に立つ導士

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土楼観の壁に描かれた神像

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土楼観の壁に描かれた地獄絵

 道観を修復している畔宗静(らそうせい)道士(46歳)は、もともと建築技師であった。今から1,400年ほど前の唐時代に建立されたこの道観は、文革中に地元の紅衛兵にことごとく破壊された。それ以来草も木も生えず、訪れる人もなかった。文革が終わって1978年に、彼はこの地を訪れ、荒れ果てた道観を見かねて、草花や木を植えはじめた。やがて道観を修復しようと思い立ち、1980年に建築会社を退職し、ここに小屋を建てて住みつき、道士となって再建を始めた。

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北禅寺の見晴らし台
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絶壁に掘られた通路

 やがて83年頃から市民が訪れて寄進してくれるようになり、協力者が増えた。いつしか道士が6人になり、86年からは市当局の金銭的な援助もあり、急速に修復が進んだ。そして88年の今年は、道観に登る数百もの石段が修復されている。これが完成すれば、多くの市民が訪れるようになるという。

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土楼観の屋根

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北山の絶壁

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案内してくれた道士と筆者

 この土楼観が建立された唐時代には、国家鎮護の恩典に浴し、道観が官設され、賦役上の特権も与えられたりしたので、経済的勢力となり、貴族化すらしたが、やがて衰微した。13世紀の元朝にも保護されたが、この時にも繁栄腐敗の道をたどったといわれている。

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北禅寺を修復している畔宗静道士(46)

 しかし道教漢民族社会に、広く、深く行き渡り、健康や不老長生を求めて祈祷、まじないを行ない、神符(札)や神像の霊威に加護を祈る風習となって残っている。そして神符や神像は民衆の繁栄と団結の守り神ともされ、多子、富貴、長命などを祈る対象となった。そしてついには、長寿を象徴する福禄寿なるものまで出来上がった。

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北禅寺の通路から下を見る

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修復中の北禅寺

 道教は、文革中に激しく攻撃されたが 一掃されることなく、いまも漢民族社会の生活文化を支配し、社会主義社会と共生しながら、習俗に大きな影響を及ぼし続けている。

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参拝に訪れた親子

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北禅寺の通路から西寧市の西側を見る

 北山の石窟を中心とする土楼観からの、西寧の町を見下ろす眺望は絶景である。すでに多くの神像が安置され、神符が貼り付けられ、人びとの心のよりどころとなりつつある。

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北禅寺の全景

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北禅寺の通路に立つ筆者