地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅㊵ チベットの葬式”鳥葬”

 人間は自然の一部であり、生を受けた者の肉体には必ず死かある。しかし、チベット仏教では魂は屍を去り、永遠にこの世に存在し続ける。型のある肉体は必ず滅びて輪廻の自然界に組みこまれるが、魂は滅びることなく、転生して生き続けるものとされている。その肉体か自然に戻る葬送の儀式は、いかなる民族にもある。世界にはいろいろな葬式がある。土葬、水葬、風葬、火葬、鳥葬、獣葬。これらの一次葬のあと二次葬や三次葬をする民族もいる。いずれにしても、人間の知恵がなせる自然回帰への最善の方法なのである。しかし中には、いつまでも人間たらしめようとするミイラ葬もある。

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ラサの街頭で売られていたヤク

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街頭でヤクの解体をする牧民たち

 チベットでは死者を弔う葬送の儀式として貴族や金持ちは火葬とし、庶民は鳥葬で、罪人は水葬とする風習がある。チベットの岩山には木が生えていないので火葬はまれ。鳥に食わせる鳥葬はチベット独特の葬法で、死者の肉体はすべてをハゲワシに喰わせて天に還す。チベットの人びとは遺体を焼いたり、切り刻んで鳥に喰わせたり、川に流して魚に喰わせたりするが、凍土で土が少ないこともあって肉体の腐る土葬はしない。

 鳥葬をみる機会がやっと訪れ、9月26日の早朝7時にホテルを車で発った。また夜明け前で、暗くて見通しがきかなかった。

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鳥葬の場所はこのセラ寺の裏山の反対側の麓にある。

 

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セラ寺裏の岩に描かれた摩崖仏

 場所はラサ北方の郊外にあるセラ寺から岩山を1つ越した山裾にある。私たちはセラ寺の南を横切る道を通って7時20分頃着いた。

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セラ寺の厠の漢字とチベット文字

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女を意味するチベット文字

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セラ寺の装飾された柱

 ラサに続く大きな谷が南に向かって開け、川原には草も樹も生えていない。斜面が西に向いている山裾なので陽が当たるのは遅い。そこの大きな岩の上が、屍を切り刻んで鳥に喰わせる“鳥葬”の場所である。  

 人が亡くなり22日間の祈りがあったのち、4日目の早朝、トムテンと呼ばれる身分の低い鳥葬係のラマが4人やってきて遺体をかつき出し、鳥葬の場へ運ぶ。

 私たちは、鳥葬台の岩から100メートルほど離れた川原の堤に車を止め、秘かにみた。7時半に夜が明けた。夜明け後まもなく、数人が遺体の布を取り去り、岩から下りた。

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遠くから見た死体解体場所

 7時35分、大きな岩の突端近くに、黄色の法衣のラマ僧2人、赤色の法衣のラマ僧2人が座り、白い煙を勢いよく舞い上げる香を焚いて、お祈りをはじめた。

 僧が手にしたデンデン太鼓がドン・ドン・ドンと鳴る。死んだ人の大腿骨で作るといわれている人骨笛がプープー、プププーと激しく吹かれ、チンチンチン、チンチンチンと澄んだ鐘の音がリズミカルに響く。周囲には煙が漂い、4人のラマ僧が、低いがよく響く声で、次々と経を読みつづける。

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より近くから見たか解体場所

 7時42分、上空に、チベット語で“コイ”と呼ばれるハゲワシが2羽、大きな羽根をひろげ、ゆったりと舞いはじめた。やがて3羽になり、4、5羽と多くなった。

 8時、ラマ僧の吹く笛や太鼓、鐘の音がいっそう大きく、万物の目覚めを促すように響く。岩の上で焚かれた香の煙はすでになく、上空にはハゲワシが8羽舞っている。

 8時11分、1人の男が、大きな石を持ち上げ、「ウォー」という大きな声を発して岩の上に叩きつけた。

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解体場所の大きな岩

 仏教に「引導を渡す」という言葉があるが、それは、菩薩が衆生の苦海にあるのを救い出して、常楽彼岸、すなわち涅槃に渡らせるための儀式として、最後の意を宣告して諦めさせることであるが、大声を発して頭蓋骨を砕いたのは、死者に引導を渡す行為であった。

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解体場所の岩の上、解体道具と穴は骨を砕く場所

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解体する岩の下の大地に投げ捨てられた衣類が散乱

 8時20分、「ティワー、ティワー、ティワー、ティワー」と、大きな叫び声が山の方にむかって発せられた。すると、この叫び声に呼び寄せられるように、20数羽が岩の近くに降りて来た。

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上から見下ろした解体場所

 8時30分、再び「ティワー、ティワー」と大きな声が発せられると、鳥たちは無言で、長さ2メートルもある長い翼をひろげ、ぴょんぴょん跳ねるように大地を歩き、岩のすぐ下にやってきて、投げられた肉片を奪い合って喰った。中には肉を嘴でくわえて引っ張りあう鳥もいる。

 「ティワー、ティワー、ティワー、ティワー」

 不思議な叫び声に呼びよせられるようにどんどん近づいてきた鳥たちに、肉が投げ与えられる。やがて1羽、2羽と岩の上に上がって肉を喰う。投げ与えられるたびに2、30羽の大きなハゲワシが、泣き声も立てず、大きな身体をぶっつけあうようにして、奪いあって喰う。まるで鶏が飼い主に餌を与えられているようである。

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解体場所を通るチベット人

 解体をはじめてから1時間もしないうちに、1つの屍はハゲワシたちの胃袋におさまった。そして鳥たちは、何ごともなかったかのように、大空高く舞い上がって行った。

 私たちは、近くで見ることは許されなかったが、鳥葬が終わって誰もいなくなってから現場に行き、大きな岩の上に上がって見た。

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解体場所の岩のそばに立つ筆者

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