地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅⑯ 砂漠と黄河の境

 8月25日、日中は熱いので午後4時、銀川から黄河沿いに川上へ向かう。町を離れると緑は川沿いにしかなく、すべて褐色の荒野である。道は、1週間前に開通したばかりの高速道路が100キロ続いていた。かげろうがゆらめき、逃げ水の見える道を高速で走る。

 漢民族の運転手たちとの旅もすでに2週間。なかなかツー、カーとはいかないが、なんとかやっていけそうだ。32歳の張さんは解放軍に五年もいたそうで、車の運転はたんへん上手である。しかし、なかなかの頑固者。19歳の孫君は現代っ子でなかなか要領はよいが、まだ頼りになるとは言い難い。

 私たちは、必要な言葉だけ漢語で話す。それも即席なので発音が悪くで「チン(止まれ)」、「ソバ(行け、進め)」、「マン(ゆっくり)」、「クワイ(速く)」など、なかなか通じなかった。しかし、旅にも慣れ、旅の目的や仕事の内容が分かりかけてきたせいか、少しずつ協力的になっている。

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黄河から100メートル上の砂漠地帯を走る列車

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黄河の右(西)側はテングル砂漠

 砂漠の中を流れる黄河は砂をひきずりこみながら流れている。人びとは、それをくい止めるかのように河沿いに緑地帯を作り、わずかな農地を耕して生活している。道から黄河までは1キロもない。道の外の用水路沿いの楊樹(ポプラ)の並木には、もう砂漠がせまっている。

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砂地が黄河へ流れ込む地帯

 銀川から160キロ離れた中衛の町に夕方6時ごろ着いた。この辺は楊樹の並木の間に水田があり、道沿いにも続いていた。

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中衛観光局の山荘のある黄河沿いの場所(さばとう)

 久しぶりに見る緑の稲田は、懐かしかった。風に稲の香りがただよい、なんともいいようのない心の和みを感じた。よく見ると稲の花が咲いていた。時と場所を忘れ、故郷の水田が重なって見えた。

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黄河を渡る革袋の船の上と下の様子

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羊9頭分の皮を膨らませた皮船を背負う村人

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皮舟に自電車を積み込む

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黄河を渡る皮舟

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皮舟を背負う人々

 これまで見てきた褐色の大地には驚きこそあれ、心の和みや懐かしさはなかった。しかし水田の緑と、生臭いような稲の香りは、全身の細胞をかけめぐり、疲労やわだかまりを洗い流してくれた。今まで気づいていなかったが、私の心の奥底にある幸福観や安心感は、稲作の田園風景なのである。それこそが、心のふるさとのバロメーターなのだ。

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さばとう黄河を仕切った場所で皮舟に乗る観光客

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皮船に乗る観光客

 中衛には良い宿泊所がなく、さらに10キロ進み、黄河沿いの砂坡頭(さばとう)まで来た。ここには中衛観光局の山荘があった。私たちはこの山荘に3日間滞在することになった。