ガンビエの水上部落(1970年9月)ベナン

 私は、西アフリカのギニア湾に面した旧仏領ダオメー(現ベナン共和国)を、1970年9月に訪れた。ダオメーは南北に細長い小国である。同じ赤道アフリカでも東と西とではえらく違う。東は高地で住みやすいが、西は低地で、湿気が多く、病原菌が巣くっており、ヨーロッパ人に「墓場」「地獄」と恐れられているほど蒸し暑いのである。

 ガンビエの水城部落はこうした自然環境を考えてか、原住民たちはゲタバキ住居を構えて、水上生活をしているという。それを見物せんものと、商業都市コトノオから17キロ北にあるアボタイ、カラピーまでタクシーで行った。

 タクシーを降りると、小さな運河に船着き場があった。カヌーが10数隻もやっているが、大半は浸水して使えそうもない古いものだった。現地語で何人もが私に話しかける。彼らは皆客引きである。

 「ガンビエ」と行き先を叫んでいると、皆がそれぞれ「俺が案内する」と大きなジェスチャーをしてみせる。彼らは盛んに私を奪い合って声が大きい。

 別に選んだわけではないが、いつの間にかカヌーに乗っていた。一見よさそうな、丸木をクリ抜いたカヌーだったが、乗り込んでみると2ヵ所から浸水していた。これは大変と下してくれと言ったが、船頭は大丈夫だとカヌーをサオで押しやった。

 2人のダオメー人がカヌーをカイとサオを操っていたが、トエラ湖まで出ると、木を立てて帆を張った。帆といっても、布を木に張りつけたような簡単なものである。

 1人が歌った。メロディーは日本の流行歌に似ていた。他の1人がカン高くかけ声をかける。どんな意味なのかちっともわからない。

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トエラ湖 遠くに水上部落のガンビエが見える

 草の茂った岸を離れると波があって、カヌーの揺れと、浸水が激しいので、泥船に乗ったタヌキのような気がして心細いことこの上ない。水上部落は遠くから見えていたのだが、30分も走ると、はっきり見えてきた。ガンビエは近づくにしたがって、龍宮城のようなイメージから、水上の砦のように思われた。

 ガンビエとは村名で、ここにはゲタバキの家が水上に300軒ばかりあって、人口は6000人だそうだ。彼らの足はカヌーで、村に入ると小さなカヌーがメダカのように行き交っていた。 

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ガンビエ村の水路

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ガンビエ村の中を見て回る

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丸木舟をうまく操る少年

 村の真中には広い水路があり、そこからいくつもの水路が別れている。袋小路になっている水路もあった。広い水路には色々な物を積んだカヌーが3、40艘集まって、フローティングーマーケットを開いていた。小さな水路では、女がカヌーを操って商品を一軒ずつ売って回っている。しかし、売り手も買い手も話に花が咲いて、売っているのか買っているのかわかったものではない。そんな彼らの側を通ると、話をやめてみなが私を珍しげに見る。いや妙に排他的な表情で見るといった方がよいのかもしれない。多分、長い歴史上で、部族闘争から逃がれて、湖の中のこの地に理想郷を築いた彼らは、他部族との交流が長い間途絶えていたのであろう。

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舟で物を売る女性

 村の中にはところどころ地面が見えていたが、そこには黒ブタがいた。乾期には水位が下って、もっと地面が露出するそうだ。

 ブタが水面に出た草や、人間の排出物を喰っていた。鶏だって、山羊だっている。

どうして家畜がこんな狭い大地に飼われているのだろう。ノアの箱船の中にも家畜がいたと伝えられているが、家畜とは人間の住む環境にならされてしまうものなのだろうか……。

 高床式の家はカヤで屋根をふき、台の足は木であり、床はヤシの枝(竹のようである)を並べて結び、その上にアシのゴザを敷いていた。小さな窓があるだけで室内には何の装飾もない。ほとんど裸で暮らしているので衣類を入れる箱もない。食料は魚だから食物を貯蔵するところもない。ただ、火をたく七輪のような物とナベ類があるだけである。

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水上の高床式の家々

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投網を干す家

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家の中に座っていた男

 漁師である彼らは投網で魚をとって、湖岸のアボニーの町で穀物と交換する。まるでカッパを絵にかいたような生活をしているが、頭に皿はない。

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魚を追い込む水中の囲い

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投網を上手に投げる少年

 村には雑貨屋が数軒あった。カヌーで買いにくるので店は水際の一階にある。カヌーから手をのべて買い物する水の都ベニスよりも童話的な光景がよく見られた。しかし、子供はカヌーで私に近づき、網を投げるから写真を撮れと自分に指を差す。カメラを構えるとすぐに手をさし出して金をせびる。

 この村には2年前にバーができた。観光客用にコーラやビール、土産物を売っているのである。中に入って、2階の広い窓からこの村を眺めてみると、やっぱり童話的であり、龍宮城を夢想する。

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水上市場

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捕魚用の木材を売る人たち

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水上の家の一階の店

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丸木舟に防腐用のペンキを塗る人

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ガンビエ村の少女、彼女はモデルではなく普通の少女

 しかし、すぐ現実にかえってしまう。太った女が両手を開いて、白い歯が飛び出しそうな大口をあいて、笑いながら何かいっていた。意味はわからないが。土産物を買えといっているのであろう。大きな褐色の木の実と小さな貝で作った美しい首かざりがあった。これを作るには多分1人で2、3日はかかるだろう。欲しかったので値段をきくと初めは600円だといった。高いので値切ってみると200円まで値下げした。

 もうここも秘境ではなかった。文明国から、アフリカの原始性を求めてやってくる観光客が、彼らにいやらしい金の価値を教え込み、微笑をもって高く売ることとモデルになることを知らせていた。

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ガンビエ村の製粉場

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ガンビエ村にできた観光客用の店

 東アフリカのナショナル・パークの野獣も、キリマンジャロ登山も、ガンビエの水上部落も、20世紀の文明や文化が産み落とした観光客というゲリラにアタックされ、日に日に変貌している。

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ダオメー(ベナン)の町の子供たちと筆者