古き良き時代のオセアニア㉗ ニュージーランド
ロトルアの温泉とマオリ族
私はニュージーランド北島の中央部にあるトンガリロ国立公園に滞在した後、最後の訪問先である温泉の町ロトルアに車で向かった。
硫黄の臭いがプーンと鼻をついてきた。火山地帯に入ったことはすぐに分かった。それは北ニュージーランド島北西部のロトルア湖沿いにある温泉の町ロトルアに入って、一段と強くなった。
19世紀後期に建てられた褐色と白色のツドルタワーの近くでは、池から湯気が噴き出ていた。そんなのはまだ良くて、住宅の軒下や舗装された道路の真ん中からも湯気が吹き出ていた。ロトルアの町は、熱気の上にあった。
町外れのマオリ族の部落ワカレワレワでは、間欠泉が数十メートルも吹き上げている。世界広しといえど、これまでに私が尋ねた72ヵ国のうち、こんな蒸気の中に佇んでいるような町にお目にかかったことはない。兎に角、九州別府の血の池地獄や坊主地獄のようなところがその辺にごろごろしている。硫黄の臭いくらで気持ち悪がっていたら、この町には1時間も滞在できない。
しかし、到着した翌日、原住民マオリ族の話を聞いて、なんとなく落ち着いた。
今から600年ほど前に、ポリネシア地域に住んでいた海洋民族の子孫であるマオリ族が、カヌー船で南太平洋のどこかの島から、食糧であるタロイモを持ってニュージーランドにやって来た。
彼らの一部族は、それ以来もう600年間もこのロトルアに住みついている。しかも蒸気が吹き上げる熱土の上にだ。
女たちは自然の蒸気釜で食物を蒸し、温泉の池で水浴し、洗濯もする。火を使わなくとも物を生で食う必要もない。マオリ族は食物を焼くことはせず、ただ煮るか蒸すかなのだ。
彼らの生活は、この天然の熱湯を度外視しては考えられない。600年間ものマオリ族の歴史の中で築かれた風俗習慣は、現在のポリネシア人とは、異なった生活文化を作り出した。
麻を加工して衣類とすることも、寒さを凌ぐことも、食物を料理することも、ありとあらゆる生活の仕方は、この大地から吹き上げる熱気や熱湯から始まっていた。
彼らにとっては、これはもう神でもなければ、神秘でもないし、恐怖でも危惧でもない。科学的文明の先端を行く人々が、石油やガス電気を使い慣れているように、この地のマオリ族にとってはこれらがなければ、太古の昔よりもまだ不便をきたす。
一世紀以上もの長い間、ヨーロッパ文明に激しくゆすぶられたにも関わらず、マオリ族は、未だにかれらの伝統と風俗習慣を守って、蒸気の中で生活している。