柵の中に他人を入れないカラモジャ族(1970年6月)ウガンダ

 私は1970年6月、ケニアの首都ナイロビからバスを乗り継いで、隣国ウガンダの首都カンパラにやってきた。これからウガンダ北東部のカラモジャ地方を訪ねることにした。

 カラモジャ族はこの数年前まで周囲の民族や文明人にとってかなり危険な民族であったそうで、ウガンダ政府は外人に対して、1968年11月までカラモジャ地方の立ち入りを禁じていた。

 カンパラからカラモジャ州都のモロトまではバスもあるし、乗り合いタクシーを乗り継ぐこともできるので、普通の旅行者でもここまでは簡単に来られる。モロトには、レストハウスも一軒ある。しかし、これから北には普通の旅行者は行かない。私がウガンダに来た目的は、モロトから北への旅であるが、交通の便が悪く、安全の保障はなかった。だからこれから北に向かうためには、車とガイド、通訳が必要であった。

 私は、カンパラマケレレ大学から派遣されて、南カラモジャ地方に隣接しているソロティという村で、テソ族の調査をしていた長島信弘氏に紹介されていた、テソ族の青年アヅチョ君を訪ねた。モロトの農業組合で働いていたアヅチョに彼の上司のギヅツ氏を紹介されて、北カラモジャの旅行計画を相談したら、金さえ払えば同行しようということになった。そして、カラモジャ語の話せるアヅチョが通訳となって、フランス製のポンコツプジョーで、3人の3泊4日のカラモジャ旅行が始まった。

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ソロテイ村でテソ族を調査していた長嶋信弘さんと村人たち

 ウガンダはイギリスの植民地だったので独立した今でも学校の教科書は英語である。だから、学校教育を受けた者はみんな英語を話す。

 モロトを出発すると山らしいものはなくブッシュが続いた。道は1968年に軍隊によって建設された軍用道路が、スーダンとの国境まで続いていた。

 カラモジャ地方は乾燥のため常に食料が乏しい。だから、モロトのマーケットで、原住民にやるために黄色いバナナの大きな房を2個買った。一房に100本以上ものバナナがついていた。そして彼らがタムタムと呼ぶあめ玉を沢山買ってトランクの中に詰め込んでいる。

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カラモジャ州都のモロトの標識

 とにかく、21歳のアヅチョは、モロトから北に向かうのは初めて。42歳のギヅツ氏が仕事で2度行ったことがあるというので、案内はドライバーの彼に任せた。アヅチョは北テソの出身で、子どもの時から南部カラモジャ族の人とよく接していたのでカラモジャ語が話せる。私は言葉も地理も全然わからない。ただ分かっているのは、カラモジャ族の男は長い槍を持っていて非常に危険な人々であるということだけだった。

 モロトに5日間滞在して色々と情報を集め、言葉を少し習ったが、一夜漬けなので使えそうにない。言葉はさておき、現地の情報によると、彼らは財産として大事な牛一頭に自分の命をかける民族性があって、敵に対して非常に勇敢に戦うのを常とし、敵を殺すことを英雄視する風潮があるらしいということだった。そのため文明人は彼らを恐れた。カラモジャ地方の南隣りに住んでいるテソ族やランゴ族は、戦うたびに見方が沢山殺され、ひどい目に遭っていた。そのため彼らはカラモジャ族の人々を人食い人種だとか野蛮人だと言いふらしたようだった。

 カラモジャ族は死人を埋めることをせず、ブッシュのなかに置き去り、獣葬とするので、ブッシュの中には頭蓋骨が良く見られるそうだ。そのため、文明人は彼らを首狩り族とか人喰い人種のように思ったようだ。

 カラモジャ族は現在、ウガンダの東北部に住んでいるが、もとは南スーダンに住んでいたとされている。彼らの古い歌のなかに、「むかしむかし、白い巨象と戦った」というのがある。「白い巨象」とはアラブ人を意味しているといわれている。

 まず、100キロほど北のコテイドまで行くことにした。そこからさらに30キロ東にあるギエと呼ばれる最も原始的な種族が住んでいる村を訪ねた。

 男たちは牛を追って1日に100キロも歩く遊牧民だが、女こどもは家に残って棒で畑を耕したり、水汲みをしていた。作物はトウモロコシとアワとヒエだが、彼らには貯蔵欲がなく、7、8月の収穫期を2ヶ月も過ぎれば、穀物は酒に化けてしまって底をついている。10月から3月までの乾期には牛の首の静脈を切って出す血と牛乳が主食である。 

 村にいる男たちは近くの木の下に槍を持って座っていた。海抜約1000メートルで北緯3度の太陽の日差しは強いが、日蔭は乾燥しているので涼しい。彼らにカメラを向けると、槍先をカメラの方に突きだした。牛1頭のために命を掛けて戦う彼らの胸には、殺した人の数ほど長い切り傷のあとがあざやかに刻まれていた。それは英雄の象徴でもある。

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カラモジャ族が追う牛の群れが道を遮る

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カラモジャ族の女性たち

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茂にいたカラモジャ族の青年
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カラモジャの青年の表情

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カラモジャ族の女性
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カラモジャ族の少女

 カペリモロという小さな村に着いた。ここにもギエ部族が住んでいた。彼らの家は、トゲのいっぱいついている木(ソーンツリー)で作った高さ2m、厚さ50cm、直径20mくらいの丸い柵の囲いのなかにあった。その入り口は人一人が、這って入れるほどである。しかも、内側からトゲのついたソーンツリーの枝を引き込んでいるので、外からは入れない。中に入れてもらおうと通訳のアヅチョに何度も交渉させたが、だめだった。彼らは柵の中に部外者を入れないそうだ。これならライオンや象、バッファローなども砦のような柵の中には入れない。この砦の柵が5、6個集まって村が構成されているようだが、中に何軒の家が、何家族が、何人が生活しているのか、部外者には分からない。ここでは完全な男尊女卑で、女の価値は牛20~30頭であり、妻は何人でも持てる。

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頑丈で大きな柵に囲まれたカラモジャ族の家

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砦のような頑丈な柵の出入り口

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柵の中から出てきた少女たち

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柵の出入り口には中からとげのある木の枝を引き込んでいるので、許可なしには入れない

 道沿いの畑で上半身裸の女たちが10数名集まって棒で大地をついていた。いや耕していた。アヅチョが彼女たちにバナナを見せて呼んだ。彼女たちは口々に何かを言いながら近寄ってきた。非常ににぎやかだった。胸のボインもコインも、ダラリもいる。ズラリと半円形に並ばれると、いささか圧倒された。彼女たちの目は、カメラよりもバナナを追っていた。いつの間に、どこからやって来たのか子どもたちが降って湧いたように増えた。アヅチョは彼らにバナナ2本ずつ手渡した。子どもはすぐその場で食べてしまい、また手を出す。私は、その間撮影していた。騒ぎを聞きつけてか、遠くから走ってくる子どもや女たちがいた。

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バナナを受け取る村人たち

 「アヅチョ、トランクを閉めろ、行くぞ」

 私は原住民にとり囲まれているアヅチョに言った。長くいれば、どれだけ原住民が集まってくるかもしれない。そのうち男もやってくるだろう。それにバナナが無くなってしまう。

 アヅチョが乗り込むと発車したが、子どもたちや女がついて走ってきた。車の横を走ってくる女の乳房がブランブランと上下に揺れていた。

 彼女たちと別れてから10分くらい走った。道端に人間の頭蓋骨が3個転がっていた。白人のものか原住民のものか、私には分からない。もしかすると、私のような旅行者か探検家のものかもしれない。ギヅツに尋ねたら、戦争して殺された奴の頭だろう、とこともなげに言った。

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トウモロコシ畑を見回る男性

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トウモロコシ畑の見張り台から見張る少年

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薪を頭の上に乗せて運ぶ女性

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水汲みに出かける女性
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エキチョロンと呼ばれる枕にも椅子にもなる木製の椅子に座る老人

 原始的な生活をしている彼らとて、牛を貨幣に替えることをしったのか、裸の男が、大きなボックス型のトランジスタラジオをかかえて、ビートルズのはじけるようなメロディーを聞いていた。それは牛に代わる彼の財産であり権力の象徴であった。

 カラモジャは死人をブッシュの中に置き去り、2日もしないうちにライオン、ヒョウ、チータ、ジャッカル、ハイエナなどによって獣葬となる。彼らは獣葬こそ人間が自然にかえる唯一の方法だと信じている。とは言っても生きている限り、彼らは槍1本でライオンやヒョウと戦う。

 これまで原始的な生活をしてきた彼らが、文明人との接触によって文明という“多様なウイルス”におびやかされているが、彼ら自身はそれを知っていない。それは、あたかも先進文明国の人が、公害に知らず知らず蝕まれているのと同じ現象のようだ。

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トウモロコシ畑のそばに座る村の女性たち

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カラモジャ地方で、フランス製のプジョの車に座る筆者と通訳のアヅチョ君