内蒙古からチベット7000キロの旅⑨ ラクダ飼いの失敗

  蒙古語のパインオボは、“豊かな山”とでもいう意味であるが、漢名では“白雲オボ”である。この町は、近くの山で鉄鉱石か発見されてから急に発展し、今では人口3万もの漢人の町である。鉱石を南の包頭の町へ運ぶために線路がある。天然ガスも発見され、包頭までのパイプラインが埋設されていた。この町には火力発電所があり、平原の村々に電気を送っている。

 8月18日、鉄鉱の町パインオボを午前9時に出発し、さらに西へ向かう。平原の轍を走ること1時間半、岩山が近くにあるシンポロゴという村に着いた。

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シンポロゴ村

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シンポロゴ村で売られていたオートバイ

 私は、テレビのリポーターとして、ここから2日間、ラクダで草原の旅をすることになっていた。準備に少々時間がかかり、昼食後の1時半頃出発することになった。ところが、ラクダの背に荷物をつけるのになかなかてこずった。ラクダの扱いはプロのはずの牧民が、どうした訳かラクダを御しきれない。ラクダは嗚きわめき、座ろうとせず、後足で蹴ったり、噛みつこうとしたりで、男4人がたじたじである。

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ラクダ飼いの家

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ラクダにつける荷物

 案内役の青年が、双コブのあいだに鞍をつけたラクダに乗るには乗ったが、とたんに飛び上がり、足を宙に浮かせて大あばれ、数秒後にはいたたまれず、ラクダの首に抱きつくようにし、半分転げ落ちるように下りた。

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私用のラクダに鞍をつける

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ラクダに荷物をつけたが、この後大暴れ

 やっとのことで4頭のラクダに荷物を積み、さあ出発ということになり、私はラクダの鞍にまたがって手綱を持って進みはじめた。ところが、荷をつけた一頭が、またもや大あばれをはじめた。

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荷物をつけたラクダを引く女性

 ラクダは付和雷同しがちで、1頭が暴れると他も一緒に暴れがちなので、下りようとしたとたん、私のラクダが驚いたように身体をのけ反らし後ずさりした。あぶみから足をはずしていたので、バランスをくずして尻からとずんと落ちてしまった。ラクダよりも私の方が驚いて4つん這いで逃げた。荷物をつけた4頭が暴れだし、1頭は荷物をふり落とすように跳ねながら走る。誰も止められず、しばらく放置していた。

 私は、無事であったことに安堵したが、腰が抜けたように大地に尻をつき、なかなか立ち上がれないままラクダを眺めていた。

 ラクダ飼いの末裔である彼らは、すでにラクダを使役する技術を忘れている。ラクダとコミュニケーションが持てなくなっているのである。そのことを嫌というほど知らされた男たちは、愕然としたようである。

 彼らはラクダによる旅を辞退した。彼らにとってこれほど面白くないことはなかろう。しかし、日給としての1日分100元の請求は忘れなかった。

 仕方なく予定を変更し、さらに西へ進んだ。一時間半ほどで低い山に囲まれた、古い大きな土塀のある城塞跡に着いた。

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平原の中に古い城壁のような土塀が続いていた

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城塞跡の土塀

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大きな高い土塀に囲まれた城塞跡

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どのような民族が、いつごろ建設したのか誰も知らなかった

 城塞跡の近くにのある人口2000人ほどの村で尋ねたが、この城塞がどんな民族によって、いつごろ作られ、どうして滅びたのかを、誰も知らなかった。大半の住民が他所から移住してきたのである。彼らは、古い巨大な城塞都市跡の壁には無関心であった。 村の名前を聞きそびれたが、道沿いには雑貨屋、肉屋、菓子屋、文房具屋などがあり、スイカ、トマト、しゃがいも、なす、タマネギ、キャベツなどの自由市場が立っていた。しかし、人出はあまりなく閑散としている。

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村の役場のような建物

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露頭の市場

 夕暮れが迫ってきたのでさらに西へ進む。途中、一天にわかにかき曇り、かなり強い雨が降りはじめた。このへんは川に橋がなく、雨が降ると水か流れるので通れなくなる。急いでまだ水の出ていない川床を通り抜けたが、道の両側にはいくつも水溜まりができ、水浸しになっていた。ほんの30分くらいで雨の中を走り抜けたので救われたが、もう少し時間をかけていたら、涸れ川に水が流れ出し、途中で立ち往生していたにちがいない。

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雨を降らした雲

 午後8時半にパインハテ村に着いた。村の招待所は、部屋に鉄製のベッドがあるだけだった。ベッドに横になると、ラクダから落ちて打った尻が痛む。やはり打撲のショックは大きかった。

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パインハテ村の招待所