古き良き時代のオセアニア㉔ ニュージーランド

ミルフォードサウンド

 ニュージーランド南島の南端にある、タスマン海に面したミルフォードサウンドと呼ばれるフィヨルドを訪ねた。これはノルウェー北部のフィヨルドよりも大きい。

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ミルフォードサウンド近くの渓谷

 どれほど大きいか調べてみると、長さ20キロ、海面下の深さ520メートル、海面上にそびえ立っている絶壁の高さが、270~370メートル、幅の狭い所で1500メートル、広いところで3000メートル。これがかつては氷河に覆われていたという。

 ミルフォードサウンドは世界でも有数の降雨地帯で、草木の多い緑に覆われている岩山の岩壁からは、大小無数の滝が流れ落ちている。途中で消えている滝もあるが、もの凄い爆音を轟かせて、海中に落下しているのもある。

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ミルフォードサウンドの大滝

 晴れたと思えばすぐ曇り、雲が出たなと思うと直ぐに雨がやってくる。人気のほとんどない寒々とした地の果てのようだ。

 ここから南極までの距離は数千マイル。今は夏なのだがその感じはない。夏の間だけカニ漁船が数艘操業していたが、その船員たちと話した。

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ミルフォードサウンドの漁船

 「夏だよ。シャツ一枚でいられるじゃないか。それに雪も氷もないよ」

 私には、夏のイメージからほど遠く、南極に面した黒褐色の海が寒々として何かものさびしい。

 黄色の雨カッパに身を固めた船員は、操業から帰ったばかりで疲労の色が濃かった。しかし、彼らの笑い声は絶壁のフィヨルドにこだました。

 「オイッ、日本人。お前カニを喰うか」

 漁船員の1人が大声で言った。

 「アア、食うよ」

 「じゃあ、来いよ」

 半切りのドラム缶の中で、足の長い大きなカニが赤く茹っていた。一人が私のために1匹つまみ出してくれた。潮の香とカニの臭いが漂った。手にしたカニの足はとても熱かった。

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ミルフォードサウンドの菌類が付着した石

 フィヨルドの絶壁は雲に覆われてほとんど見えない。糸のような雨が降って来た。キルティングを伝う雨が、食っているカニに滴となって降りかかった。

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ミルフォードサウンドの湿地に生えていたコケ

 私は、雨など構わず立ったままバリバリ音を立てて食った。フィヨルドの底の僅かな平地の上で、5,6人の船員たちも同じように音を立てていた。