地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

ミャンマー北部探訪㉝ モンユワの日本人墓地

 マンダレーからモンユワまでは西へ約160キロ。道の両側には稲の収穫が終わった切株田が続いているが、時々横切る小さな川には水がない。乾燥に強いねむの木科の木やユーカリなどが生えているが、大地は乾燥して、木々はあまり成長していない。

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モンユワ駅前の筆者

 沿道には家が少なかったが、平成27年1月12日午前11時40分にモンユワ郊外のバスセンターに着いた。親しくなったバスの運転手に相談して、シュエ・タウン・ターンという安いホテルを紹介してもらい、三輪タクシーの”サイケ”でホテルに向かった。モンユワ訪問の目的は、この地に作られている、日本兵が葬られている墓地を訪ねて、現状を確認することである。

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日本人墓地近くの大きな道の沿道風景

 ホテル1階のフロントで、日本人墓地に行きたい旨を伝え、案内人を頼んだ。午後1時過ぎに42歳のパティがオートバイでやって来た。少々話し合った後、1時半に彼のオートバイの後ろに乗って出発した。

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民家の間の細い道

 モンユワ中心地の十字路に、アウンサウン・スーチーさんのお父さんで、建国の父と言われているアウンサン将軍の馬に乗った銅像がある。そこから大通りを北西に約2キロ走り、サッカー場を通り過ぎてから右方向の東へ折れた。町中の道を800メートルほど進み、今度は左折して人家の間を通る小さな道を300メートルくらい走ると、人家がなくなり、ビニール袋などが散乱するゴミ捨て場のような小さな広場があった。パティさんは、オートバイを止めて、ここだと言う。

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ビニールが散乱するごみ捨て場のようなところ

 オートバイを離れて周囲を見ると、茂みの向こうの空き地に墓石のような物があった。茂みをかき分けて中に入ると、前4基、後ろに2基の慰霊碑が横に並べて建立されていた。

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ビニールが散乱する茂みの向こうに墓石が見える

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モニワ(モンユワ)日本人墓地の標識

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右の端にある慰霊碑

 最初の慰霊碑には、“水上勤務第三十八中隊”とあった。次は“鎮魂”と記され、その下には、“三十三師団二一五聯隊一同”とあり、“鎮心安魂魄(こんぱく) 昭和五十五年八月十五日建立”と明記されている。

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”鎮魂”の碑

 これらの墓碑が建立された当時は整地され、墓地らしかったのだろうが、30数年後の今は周囲にいばらや雑木が生え、墓地内は雑草が生い茂っている。

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墓石の下部に表記された文字盤

 モンユワは、昭和50年から55年当時、日本人がミャンマー国内を訪ねることのできる西北端の町であったので、この近辺で、またはこれから更に西北のチンヒルインパール・コヒマ・そしてタムの山や森で戦病死された兵士のために、生き残った仲間たちが熱い思いで建立したであろう碑は、草に埋もれてはいるが、今もしっかりと建ち続けている。

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日本人墓地のほぼ全景

 私は、それぞれの碑の前に立って黙祷し、線香と日本酒を供え、哀悼の意を捧げた。そして、次のように告げた。

 「日本から来ましたよ。日本は平和で豊かな国になり繁栄しています。そのおかげで私は一人で地球上を一周するこができました。みなさんの死は無駄ではなかったのですよ。ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください」

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殉国碑の前で哀悼の意をささげた筆者

 ミャンマー北部の旅は、日本国を思い、遠く離れた異郷の地で若くして戦病死された、帰らざる兵士たちに、日本の現状を伝え、戦中、戦後を生き抜き、世界各国を探訪することができた日本人の1人として、自分なりの感謝の気持ちを伝え、心の整理をするためでもあった。

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当時日本軍が見張り台にしていた、日本人墓地近くの鉄製の水道塔(2016年12月撮影)

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イギリス空軍の襲撃で穴が開いた鉄柱。このときに死亡した兵士の埋葬地が今の日本人墓地になっている。