地球へめぐり紀行

ミャンマー北部探訪 編

ミャンマー北部探訪 序章

はじめに

 私は1965(昭和40)年2月に初めてビルマ(現ミャンマー)を訪れて以来、日本の民族的、文化的源流を探捜する目的で、中国大陸東南部から南下してきたと思われる、ミャンマー北部の山岳地帯に住む、越系民族を踏査することもあって、これまでに8回訪れた。最近では、一昨年の2018年4月であった。

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西北部シュエボの稲作地帯で稲を運ぶ牛車

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北端の町ミッチーナでの少数民族と筆者

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カチン州ミッチーナでの踊る祭典”マナウ”

 今、ミャンマー国軍がクーデターを起こして、いろいろ注目されているが、日本とは深いつながりがある。1942~1945年までのビルマ戦線において、ミヤンマー北部へ日本軍の将兵が10万以上も参戦し、多くの人が戦病死しているが、日本人には知られていないことが多い。しかし、遺族や将兵の関係者には知りたいことが多いだろうと思う。西北部地方のビルマ族発祥の地、マンダレー周辺を中心に、写真と簡単な文章で40~50回紹介する。

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マンダレー近くのミングオン・パヤの上に立たす筆者

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ミングオンの寺院

 ついては、今回再度のクーデターを起こした国軍が、旧日本軍と関係が深く、日本軍の協力の下に独立できたと思っているビルマ族の人々は、今も日本に親しみを持っている経過を、簡単に説明しておく。

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マンダレーのゼーチョーマーケットで餅を売る婦人

 多民族社会のミャンマー(旧ビルマ)は、西北部のビルマ族を中心とするビルマ王国を建国していたが、その首都であったマンダレーが、1885年にイギリス軍に占領され、1886年にはビルマ全土がイギリスの植民地となった。今日のミャンマーは、イギリスの軍事力によって作られたビルマ国の領土をそのまま引き継いでいる。

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マンダレーの新王宮

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新王宮のらせん階段上からマンダレーヒル方への景観

 その後、1942年に旧日本軍がミャンマーに進駐し、日本で教育されて帰国していたアウンサン(スー・チーさんの父親)らが率いる、ビルマ独立義勇軍が立ち上がり、当時の植民地国イギリスに対して日本軍と共に戦い、インドに駆逐して、長年の支配から脱出した。そして1943年8月には日本軍の支援の下、再びビルマ国が建国された。しかし、日本軍は、インド東部のインパールに駐屯していたイギリス軍との戦いに失敗し、1945年に敗退した。

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インドのインパールに近い西北部の町、タムの市場で川魚を売る女性

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市街地を托鉢する尼僧たち

 戦後、イギリスはビルマの独立を許さなかったが、日本軍の指導を受けていたアウンサンやネ・ウインらが中心に独立運動を続けた。イギリスからの独立の道筋をつけたアウンサン将軍は、1947年7月に暗殺された(その後建国の父となる)。ビルマミャンマー)は、その翌年の1948年1月に、ビルマ族を中心とする国軍によって、ビルマ連邦国として独立することが出来た。しかし、その後、カレン、シャン、カチン族など他の民族の叛乱や内乱、政変などがあった。しかし、宗主権を握っていた国軍が独立を守り続け、1989年6月に国名をミャンマーへと変更した。そして、スー・チーさんが率いる政党(NLD)が、昨年、2020年11月の選挙で大勝したのだが、国軍はそれを認めなかった。

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ザガインの丘の日本パコダ

 今日のミャンマー国軍は、戦前の日本軍の指導を受けて誕生したビルマ独立義勇軍が基盤になっていることもあって日本色が強く、保守的でもある。いずれにしても日本軍に親しみを持っていたビルマ族の人々は、今も対日感情が良い。

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1939~1945年における戦没者の共同墓地

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共同墓地の中

 ミャンマー北部を紹介するに当たり、まず北東部のタイとの国境の町、タチレイから始め、西北地方へと移動することとする。

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北東部の町、タチレイのタイからの入口