地球へめぐり紀行

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ユーラシア大陸横断鉄道の旅 編

ゲリラの国境に日本企業(1970年8月)タンザニア

 私は1970年8月、タンザニアを訪れ、首都ダルエスサラームからバスで12時間半、ガタゴト道にゆられて、国境の町ムトワラに着き、降りた所で褐色の青年から声を掛けられた。

「お前は日本人か?」

 5~6,000人の中国人が中国本土からやって来て、軍事教育、農業技術指導、タンザン鉄道建設に働いているタンザニアでは「日本人か?」と聞かれることは、まずなかった。たいてい、「中国人か?」と問われるほど、北京との関係は密接だし、中国系の会社も数社進出している。政界人の往来も激しく、新聞にも毎日のように、中国の文字がのっている。そんなところで、まず、「日本人か?」と聞かれたのには驚いた。

 日本人と分かると、半そでシャツの男は、私のナップザックを肩から引き取って、オンボロのタクシーの中に荷物を投げ入れた。こちらの旅の目的は、タンザニアと南のモザンビーク国境付近で戦闘を繰り返しているゲリラの取材で、政府の許可もとらず、旅行者と偽ってやって来たのだ。下手に動けばアブハチとらずになる。

 運転手に問いただすと、「日本人がたくさんいるので、そこに案内する」という。情報は一切なかったので、はてな?と思ったが、日本人のところならと、運転手に任せることにした。

 ムトワラは、インド洋に面し、モザンビークとの国境に近いタンザニア最南端の町である。ザンビアで産する銅の積み出し地点として、18年前にムトワラ港が開港したが、現在は首都ダルエスサラームから積出されるため、それも廃港になってしまった。とにかく雨期には3ヶ月も交通が途絶え、野菜をはじめとした食料品が3倍、4倍と値上がりするという辺地である。

 タクシーが町を抜け、ポツンポツンと家のある夕暮れの中を走って、着いたところには明々と電灯がついていた。この町にはふさわしくないほど大きい、L字型の3階建てのビルだった。

 「だんな、ここですよ。ここには日本人だけが住んでいますよ」という運転手に、5シリング(約250円)を払った。

 ここが「ムトワラ・カシュー会社」だった。声を掛けると「ハ~イ」の声とともに、思いがけない若い日本人女性が出て来て、「まあ、お入りなさい」と、夢でもみているような、信じられない気持ちで招き入れられた部屋は、食堂と娯楽室になっていた。やがて、ゼネラルマネジャーの坂下敬次郎さんが現れた。

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ムトワラ.カシュー会社の入口

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カシューナッツを干す社員たち

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工場内に干されているカシューナッツ

 「こんな所に来る日本人は、まずいないんだが・・・」と不思議そうだ。ゲリラの取材に来たと言うと、「そうですか、今は平穏ですが、10ヶ月ほど前までは、時々この町でも機関銃の音が聞かれましたよ。国境では、かなりやっているそうですがね。まあ住んでいると、たいしたことはないですよ」

 夕食をご馳走になったうえ、ここに泊めてもらうことになった。この町には、ホテルと名のつくものは、植民地時代からの古びたのが一軒、海岸にあるだけだから、このご好意が身に染みた。

 翌日、坂下さんの案内で、会社を見学させてもらった。

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カシュー工場内で働く社員たち

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カシューナッツを選別する女子社員たち

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カシューナッツを選別する社員たち

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選別されたカシューナッツをさらに乾燥させる作業

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カシューナッツを選別する若い女性社員

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臨時雇用された村人たちのカシューナッツ選別風景

 ムトワラ・カシュー会社は、タンザニア政府と日本のカシュー株式会社(本社 東京荒川区)が、50%ずつの出資で1968年2月に創立され、資本金は1億5000万円。条件は、10年間は日本側の権限を認めるが、それを過ぎるとタンザニア政府のものになるというものだ。1年の準備期間を経て、69年2月に操業を開始した。機械50台を導入して、年間3,500トンのカシューナットを処理する。計画では71年に150台、73年には400台に増設し、処理能力も年間2万トンに達するという。

 設備費は円クレジットで、約8億円の機械類が日本から持込まれており、会社の重要ポスト、技術者は全部日本人で、現地人の指導・教育にあたっている。日本人社員14のうち、44歳の坂下さんら4人を除くと、みんな20代。短大を卒業したという紅一点が22歳だった。

 事務員は日本人2人に現地人7人。常雇従業員245人、臨時雇350人で人口2万のムトフラの町唯一の会社である。町の人は、家族や友人、知人が会社で働いていることを自慢するくらいで、町の人口の半分が会社と何らかの関係を持っていると言えそうだ。だからこの町だけは、中国人より日本人の方かよく知られているわけだ。

 こうした特殊な町の条件を考慮したのだろう。タンザニア政府の労働局は、日本人に次のような誓約をさせている。

 「会社の地位を利用して、現地の女性をかどわかすことは相ならん。もし女性に対して権力を乱用した場合は、罰金または追放とする」     

 この地方は、早くからアラブ人と混血しているので、肌も褐色で、目をひく美人もいる。そのうえ”お達し”などご存じない女性は、日本人にしつこく接近する。セックスに関しては、とにかく自由である。第一、戸籍がないのだから、世界一のフリーセックスといえそうだ。

 プロポーションも、日本女性顔負けで、学校出の娘はシャワーを浴び、オーデコロンをふりかけ、ミニスカートでおめかししている。2ヶ月もすると、こちらも違和感が消え去るのだが、何しろ“誓約”があるので、町で女性をくどくわけにはいかない。若い社員が、「たまらないてすね」と、もらすのも無理はない。

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村の若い女

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臨時雇用された顔に刺青のある女性

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顔に入れ墨のある美女

 この会社には450人もの女性が毎日働いており、その中には顔にイレズミをした娘もいるが、びっくりするような美人もいるのだから。

 女性が働いて賃金をとるのは、この町では初めてのことだそうだが、労働局の干渉もあって、当初の予定より賃金は上回っているという。それでも従業員で12年の教育をうけた者の月給が約17,000円。5年の教育では最低賃金か月7,200円。カシューナットの選別の臨時雇用で、1キロにつき25円。よく働く者で1日12キロというから、日給の最高か300円程度ということになる。

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ゼネラルマネージャーの坂下敬次郎さん

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臨時雇用者の給料受け取りの列

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臨時雇用の村人たち

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臨時雇用者への給料渡し風景

 原料は農民が1トン45,000円で組合に売り、組合は大きな倉庫を構えているので、会社はトン当たり55,000円で、必要に応じ買入れている。ムトワラ地域のカシューナットの生産は、年間7万トンで、原料は豊富だが、良品は50%というのが問題のようだ。

 生のカシューナットの24%が食用となり、14%がカシューオイル(ウルシの代用)として製品となり、残りはカスとなる。ムトワラ・カシュー会社の食用ナットは、米国、ヨーロッパ、オーストラリアの順で輸出されており、日本は第4番目となっている。大部分が製菓原料となるが、日本の店頭で見かけるのは、良品ばかりで、お値段の方も現地の4、5倍になっているようだ。

 カシューナットの殼は堅い。いままでの工場は、焼いて殼をつぶすか、たたくかだったか、この工場では、オートメーションの機械が、中の実を傷つけないように殼を切りさいていた。

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選別されたカシュウナッツを計量する風景

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カシューナッツの製品をトラックに積み出すところ

 「現地人に、最先端をいく機械の扱い方を教えるのは大変ですよ。でも教えれば覚えてくれます。しかし一度故障するとなかなか直せない。原理がわからないからでしょうね」と技術指導者が嘆いていた。

 「10年以内に投資した金は取り戻し、相当の利益かあがると思います。損はしませんよ」と、坂下さんは笑った。

アフリカの辺地で、しかもゲリラで緊迫する町でも、日本の会社が企業戦争に立ち上がっている冒険的・開拓的なゲリラ精神こそが、経済大国日本を築くのだろう。

 私のゲリラ取材は、どこでどう道を間違えたのか、安全で、しかも言葉の通じる日本人の会社取材に終わった。

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カシューの木になったカシューの実

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ムトワラの村人たちと筆者