地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

バルカン半島の不思議①(1972年5月)スロベニア

ポストイナの鍾乳洞

 私は、もうずいぶん前の1972年5月頃に、バルカン半島を車で旅したことがある。その時スロベニア共和国の首都リュブリヤーナから西南のポストイナの鍾乳洞を訪ねた。

 ポストイナ鍾乳洞の入り口は、山の斜面に抱き込まれるように建っている、華やかな色彩の大きな家の中にあった。

 長さ2.7キロもあるとされるこの鍾乳洞は、過去150年間に900万人以上もの訪問者があった、世界的に有名な長くて大きい洞窟だと言われている。

 まず入場料を払って建物の中に入る。通り抜けた所に高さ十数メートルもある大きな鍾乳洞の入り口があり、その手前に十両ほど連結した、電気で走る小さな気動車が止まっていた。

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ポストイナ鍾乳洞の入口の建物

 私は、これまでにいろいろな国で鍾乳洞を訪ねたことがあるが、中にレイルを敷いて気動車で案内されるような鍾乳洞を見たことも聞いたこともなかった。

 トンネルの入り口に沢山の人が待っていたのは、13時30分の出発時間を待っていたのだった。乗車場の扉が開かれると、皆が気動車に乗り込んだ。

 やがて、ガタゴトと音を立てて動き始め、中に進むに従って、次々にイルミネーションが点されて洞内を美しく飾った。車掌が下りてはスイッチを入れ、進むに従って前方が明るくなる。通過すると自動的に消えるようになっているのか、後は暗くて何も見えない。

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鍾乳洞の中を走る気動車

 まだか、まだかと思いながら、巨大で長い洞内のイルミネーションに輝く様々な形の美しい鍾乳石の中を、12分ほども走ってやっと目的地に着いた。

 洞内の温度は年中華氏80度(摂氏約25五度)だそうで、人が住むには適温とのこと。また、この洞内を流れる川にしか棲んでいない、人間の肌と同じ色をした類人魚“Human Fish”と呼ばれる、四つ足で、眼の退化した両棲類の珍しい魚が住んでいるそうだ。

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鍾乳洞の中の橋

 洞内の鍾乳石が1㎜伸びるのに20年ほどかかるそうだがから、5メートルも10メートルもある大きな、床から天井まで届いている石柱などは、何万、何十万年も経っていることになる。

 気動車を下りて、更に約2キロメートルの間、イルミネーションに映えた、カラフルで神秘的な美を秘めた天然の造形物である、キノコや燃え残りのローソク、鐘、大小の柱、板、皿、笛など、諸々の物に似た形の鍾乳石が林立していた。

 とにかく、気動車を下りてから、2キロにも及ぶ長くて大きな鍾乳洞の中を、英・仏・独・伊、西の数か国語のグループに分かれ、それぞれにガイドがついてあちこちと迷路のようなコースを案内されるのだが、思ったより足早に進んだ。

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鍾乳洞のいろいろな造形物

 私は撮影しながら歩いたので、グループからは遅れがちだった。ぐるっと回って引き返しにかかった時、入口でいっしょに入ったリユブリャーナの娘さんをモデルにして、石柱の側などに立たせて撮影していると、突然に、私たちがいる所を照明していたイルミネーションが消えて真っ暗になった。照明が消えると一メートル先にも進めないし、30センチ先の彼女の顔も見えず、2人で手を取り合い、大声を上げて、まだ私たちが残っていることを告げた。

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私がモデルにしたリユブリヤーナの娘さん

 洞内が反響して頭上で雷鳴が轟いているようだった。視界が消えて2分間ほど叫び続けていると、ガイドが気づいてくれてイルミネーションを点してくれた。

 ガイドによると、イルミネーションは、一定の時間が過ぎると自動的に消えるようになっているので、時間内に急ぎ足で見て回るようになっているとのことだった。

「トム 君はトーチを持っていたか」

 追いついて間もなく、アメリカ人のアクセントの強い中年の男が、笑いながら私に話しかけてきた。

「それはどういう意味か?」

 私は彼に尋ねた。彼は笑いながらショートストーリーを語ってくれた。

 “鍾乳洞にトムという青年が恋人と共に入って、途中でトーチを落とした。暗闇の中を2人で探しているうちに、彼女が「トム、トーチがあった」と叫ぶと、トムが「痛いよ、それは俺のだ」と叫んだ”。

 彼がジョークを話してくれ、英語グループの皆が大笑いしたが、私がモデルにした若い娘さんは、意味が理解できずに、なぜ皆が笑うのかと不思議そうな表情をしていた。

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タケノコ型の鍾乳石と四つ足で目が退化した両棲類の珍しい類人魚

 私たちが歩いていた床の10数メートル下には、地下水の川が流れていた。床の割れ目を透かして覗くと、かすかに水の流れる音はするが、底なし穴のような不気味な闇があった。

 地球は、未知なことの多い全く不思議な物体、いや生き物なのだ。私たちは地球の毛穴か汗腺のような洞窟の中に入って、空気を乱し、有害なウイルスのような炭酸ガスを吐き出し、靴を履いた足で勝手に踏みつけて歩いたり走ったり、しかも大声で笑ったり話したり叫んだりしているのだが、人間の勝手な行為によって地球が皮膚炎症を起こすようなことがありはしないだろうか……。

 そんな思いをしながら、巨大鍾乳洞の中をグループと一巡して、再びオモチャのような気動車に乗って、地球の表面に引き返した。リュブリヤーナの娘さんにお礼を述べ、2時間の洞内ツアーを終えた。

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スロベニアにおける、ドイツで買ったフォルクスワーゲンと筆者