地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅 序章

はじめに

 1988(昭和63)年6月、TBSテレビの「新世界紀行」の番組として行なう、日中合同の西域探検の旅のリポーター役として、2ヶ月間の旅に出ないかとの誘いがあった。しかも私が行きたかった未踏査の内蒙古からチベットまでの、チベット仏教であるラマ教圏を旅する雄大な計画である。

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平原で蒙古相撲を見る人々

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彼方に見える羊の群れ

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羊の群れを追う牧童

 私は、この年の3月23日に、1番の理解者であった母親を自動車事故で亡くしていた。母はまだ75才で元気だったので、突然の死に私は精神的に少々動揺していたし、青少年交友協会の事業は8月中旬から10月初めまでなら何とか都合がつけられたので、心機一転しようと思い、同行することにした。

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蒙古族の青年

 今回の西域探検の旅は、「秘境西域8年の潜行」(芙蓉書房)の著者で、有名な西川一三さんの2年間に及ぶ足跡をたどる、長期間の自動車による旅である。

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フフホトで、西川さんが学んだ「興亜義塾」のあった場所

 西川一三さんは、第二次世界大戦当時、内蒙古のフフホトにあった日本人学校「興亜義塾」で学んだ後、昭和18年10月から20年9月までの約2年間、北の内蒙古から南のチベットまで歩いて旅をした。その途中、摂氏40℃もある沙漠をラクダをひいて歩き、標高4,000メートルもある青海高原をヤクの隊商と共に歩き、死の川と呼ばれる冷たい水の中を泳ぎ、標高5,300メートルもある魔の峠と呼ばれるタンラ峠をヤクを追って歩いて越し、九死に一生を得るような死線を幾度も越えていた。西川さんは内蒙古から遼寧、甘粛、青海省、そしてチベットのラサへと、考えると気の遠くなるような6,000キロ以上もの距離を、ラマ僧に扮して、寺々を訪ねながら歩いての旅であった。その西川さんが辿ったコースを、TBSの「新世界紀行」の番組で追体験する車での旅だが、リポーターは心身共に相当過酷な条件を課せられるだろう。

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内蒙古からチベットまでの踏査コース

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青海省の麦畑

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青海省の木の生えていない山

 普通のタレントや役者では、なかなか耐えきれないだろうから、世界中を旅行し、しかもアジア大陸内陸部の民族踏査をしていた私に、白羽の矢が当てられたのだろう。

 中国大陸の西域は、元や明、清朝時代のままの地域もあるだろうし、40数年前と比べて、変化の多いところもあるだろう。しかし、自然環境そのものは、昔とそんなに変わっているわけではない。なんと言っても中国大陸は日本の23倍以上もの広さなので、今でも西域地方の情報は少ない。また、文化革命以後の西域のラマ教寺院の情況がほとんど何も伝わってこない。

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青海省ラマ僧たち

 8月中旬から始まるこの西域探検旅行の予定は未定で、途中何が起こっても不思議ではないが、「迷ったら進め」との信念でやってきたので、西川一三著「秘境西域8年の潜行」を読んで、心と身体の準備をした。

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チベット、ラサの摩崖仏

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ラサのポタラ宮

  私たちは、ラサから更に500キロも西にある、ラマ教旧新派の大本山があるサキャまで往復したので、総距離7,000キロの旅になった。

この探検旅行は、当時TBSテレビの番組「新世界紀行」で2回にわたって全国放送されたし、私の著書「天葬への旅」もあるのだが、当時私が撮影した写真と簡単な記事で40数回にわたって紹介するので、関心のある方は是非ご覧いただきたい。

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蒙古服の筆者

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1991(平成3)年に原書房から出版した拙著