地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅㊳ 威風堂々のポタラ宮

ラサ郊外に入ると、急に自転車が多くなった。これまであまり見かけなかった車も目についた。自転車がたいへんな文明的な乗り物で、町に近づいた雰囲気があった。

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ラサに向かうバス

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ラサ近くの道から見える摩崖仏

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川面に映るポタラ宮

 「あっ!ポタラ宮だ!」

 おとぎの国の建物のような、遠くに見えるポタラ宮に思わず叫んだ。ラサの象徴であり顔でもあるポタラ宮が、楊樹や楊柳の並木越しに見えた。青空にそびえ立つポタラ宮は絵のように美しく、立派な建物である。近づけは近づくほど威風堂々としており、赤褐色と白色を中心とした建物は、上空に向かって飛び立つ鳳凰のようでもある。

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ポタラ宮

 ”ポタラ”とは、華厳経の中に観音菩薩が住む山として出てくる「補陀落」のことであり、そこに住むダライ・ラマを観音の化身と考えてつけられた名称だと言われている。ポタラ宮最初の建物は、チベット仏教によってチベットを最初に統一したソンツウエン王(紀元569頃~650年頃)が、7世紀に作ったとされているが、その後、内乱や災害によって一部を残して崩れ、大半が17世紀になってダライ・ラマ五世によって今日のような姿に再建されたものと言われている。

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ポタラ宮の入口

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池の水面に映るポタラ宮

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要塞として頑強に作られたポタラ宮

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要塞としてのポタラ宮

 自然の岩山の上に造営されたポタラ宮は、600とも1,000ともいわれる大小の部屋がある。これはチベット最大の建物で、13層からなり、高さ117メートルもある壮麗な城塞である。しかし現在の第14世ダライ・ラマは、1965年以来インドへ亡命中なので、ポタラ宮に王、主はいない。

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ラサ川にかかる橋

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経文を描いたターチヨを両側につるした橋

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ラサ川にかかる安全祈願のターチョをつるした橋

 ラサという地名は「神のいる所」という意味だが、もともとのチベット語では「サッサ」と呼ばれていたそうだ。”サッ」神、「サ」は所。所が漢民族の発音で「サッ」が「ラ」に変化し「ラサ」と呼ばれるようになり、いつの間にかチベット人たちもラサと呼ぶようになったのだそうだ。

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市内を流れるラサ川で洗濯するラサの人々

 内蒙古から約40日、6,000キロに及ぶ距離を、事故もなく、無事にラサにつくことができた。ポタラ宮の下に立って見上げると、威風堂々の建物に、さすがチベットの都ラサなのだと実感し、やっと着いたという安心感と解放感に、胸の熱くなる感動を覚えた。

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ラサの医学校と街を歩く若い女

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ラサの街を歩いていた子供を背負う婦人

 ラサについて、ますポタラ宮の大きさに驚かされたか、次には超近代的な拉薩飯店、すなわちラサ・ホテルにも驚かされた。富士山頂とほぼ同じ高さにある神秘的なラサに、こんな立派なホテルがあるとは思ってもいなかった。

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街頭で売られていた水屋(戸棚)

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家の窓辺に置かれた鉢植えの花

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街頭でお茶を沸かす男性

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ラサホテルのチベット人従業員と筆者

 ラサ・ホテルは1985年に建設されたアメリカ系のホテルで、すべてアメリカ式に経営され、英語が話されていた。宿泊可能人数は800人というから大きい。日本やアメリカの高級ホテルにも劣らない5階建ての白亜の殿堂が、広い敷地にゆったり建てられている。

 ラサ・ホテルに着いたのは9月21日の午後2時で、遅い昼食をした。    

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ポタラ宮の中での筆者