地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

内蒙古からチベット7000キロの旅㊲ 神がいる谷、ラサへ

 昨夜は羊八鎮の軍の招待所に泊った。今朝は6時ごろからみぞれが降りはじめ、8時ごろから雪になった。またもや北から雪を連れてきたようである。

 いよいよ今日9月21日はラサにつく日だと意気込んでいたが、雪が激しく降るので、道沿いの漢族食堂でゆっくり朝食をした。なかなか降りやまず、午前10時になって雪の中を出発した。

 標高4,100メートルの羊八鎮から東に向かって谷底の道が急に下っていた。道沿いに流れる川も急流。両側にそびえる岩山は急斜面で、狭い谷の上の方は雪雲がかかって何も見えない。標高3,900メートルまで下ると、山麓にポツリ、ポツリと土の家がある。山麓のわずかな平地を耕して青裸麦(チンコウムギ)を栽培している半農半牧のチベット人の居住地域である。

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エンドウ豆と青裸麦を刈り上げるチベットの婦人

 1時間もして、標高3,850メートルまで下ると、木で作られた家のそばや川沿いに楊樹が生えていた。久しぶりに見る樹木である。やはり緑は安らぎの色だ。たいへん新鮮で、活気のある雰囲気を漂わせている。

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エンドウ豆刈り上げの共同作業をする村人の休息所

 谷は徐々に広くなり、農業地帯となった。道沿いの畑にはまだ黄金色の麦がある。なんとなく日本的な風景でもある。すでに雪から雨になっていたが、麦やエンドウ豆の収穫期なので、多くの人が畑で働いていた。農耕地が多くなると、家畜はヤクが少なくなり、牛が見られるようになった。

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チベット族の村の子供

 白い壁の家が多くなり、土の家の屋上には赤、青、白、黄、緑の五色の小さな布をつけた木の枝が何本も突き剌してある。その布は経文が印刷された魔除けなのである。チベットではこの布を「ターチョ」と呼んでいる。

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ターチョを立てたチベット族の家

 標高3,760メートルまで下ると、谷間はさらに広くなり、川の流れもゆるやかで、用水路か設けられていた。すでに雨は上がり、青空が見られた。

 道沿いでたき火をし、食事をしていた3人の青年がいた。車を止めで立ち寄ると、彼らはなんと、青海省の南部にある王樹の町を3ヵ月前に出発し、ヤク47頭を連れてここまで来たのであった。兄弟と寺の労務僧の3人で、ナクチューを経て、1日に15キロくらい進んだというから、1,300キロ余りも歩いたことになる。

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青海省からヤクを連れてきた兄弟

 「今日中にはラサにつくよ」

 彼らは嬉しげに笑った。彼らによると、王樹ではヤク1頭が3、400元でしか売れないがラサでは1,000~1,500元で売れるそうである。

 3,700メートルまで下ると、晴れ間が多くなり、空気が暖かく感じられ、まるで標高1,000メートルくらいにしか感じられない。それでもまだ富士山とほぼ同じ高さである。

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ラサに向う道を行くロバ車

 川の水は灰緑色で、白い波しぶきを立てて流れている。この川はやがてラサ川に合流し、そしてヤルツァンボ河に合流し、ヒマラヤ山脈の東端を回ってインドのアッサムを流れるブラマプトラ川となって、はるか遠くのインド洋に流れ出ている。

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ラサ近くの道沿いで休息するヤクや牛を追う牧童

 空か明るくなり、道沿いには農耕地が続き、楊樹が多く、これまでとは異なった緑の谷になった。チベットの農作物は、青裸麦、エンドウ豆 天豆、菜種、しやかいもなどで、いずれも今が収穫期である。

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ラサ近くの農民夫妻

 チベット人の多くは、山麓や高原の草をはむヤクや羊なとの家畜とともに生活する牧畜民であると同時に、平地を利用して麦やじゃがいもを栽培する農耕民でもある。ラサに近づくと完全な農業地帯で、富士山より高い高地とは思えない豊かな表情を見せていた。