地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

ユーラシア大陸横断鉄道の旅㉙ ウラリスク→モスクワ(ロシア)

 5月8日、午後8時50分に、カザク共和国のウラリスクからロシア共和国最初の駅、アジンカに着いた。モスクワ時間ではまだ6時前。

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ロシア最初のアジンカ駅

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アジンカ駅の出口

 列車はロシアに入ってからも平原を北西に走る。麦畑の中に村々が点在し、野焼きの煙がたなびくのどかな夕暮れが続く。

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通路で夕日を眺める乗客

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寝台車内の親子孫三代

 ロシア正教の教会があり、鉄柵に囲まれた墓地に十字架が並んでいる。カザク共和国のイスラム教のドーム型の墓とは違い、まさしくロシアに入ったことを実感させられる。 

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ロシアの平原を西北に向かって走る列車

 10時55分、太陽はまだ西の地平線上にある。列車は西の赤い夕陽を追いかけているように走る。緑の多いのどかな農村風景が、大地の豊かさを象徴している。

 11時10分、すでに北緯52度まで北上しているので、日の出から日の入りまでが長く、いつまでも太陽が地平線上にあったが、ついに没した。私の時計はまだカザク時間のままだったが、モスクワ時間では8時10分。長い1日中、窓の外を観察し続けていたのでいささか疲れた。外はやっと暗くなったので早目に休むことにした。

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ロシアの大平原に沈む夕日

 5月9日、モスクワ時間の午前5時半、車内放送が始まり、外はまだ薄暗いので、6時半まで横になっていた。

 6時50分無名の駅に着く。ソ連邦崩壊後、地名や駅名の変更が多く、ここまで来る間にも無名の駅がいくつもあった。発車後、建物の壁に“タンボフ”と書いてあるのが見えた。

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タンボフの駅舎 

 列車は小さな村々を走り抜ける。車内にはロシア民謡のカチューシャが流れ、早朝から賑やかな雰囲気。

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タンボフ駅で見かけた大きな機関車

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早朝に見かけた平原の中の村

 午前8時5分、ミチュリンスク駅着。車掌がプラットホームに降りている。また注意されるにちがいないので、窓から密かに撮影し、カメラを持たずに降りる。プラットホームで撮影できたのは、一昨日通ったトルキスタンの駅だけ。

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ミチュリンスク駅のプラッチホームで列車を待つ家族

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ミチュリンスク駅に着いたプラットホーム

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ミチュリンスク駅舎

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プラットホーム反対側から発車する通勤列車

 ここの駅は市場も兼ねているようだ。人々は自由に出入りできるので、現地の人々でごった返している。仔豚、鶏、野菜、果物、魚、雑貨類など、生活必需品はたいてい揃っている。ソビエト連邦崩壊後の昨年の秋以来、ロシア、特にモスクワは食料不足で困っているとのニュースが流れていたが、この駅市場の活況を見る限り、食料に困っている様子はない。

 隣のプラットホームの始発電車には勤め人、農民、工場労働者などが乗り込んでいる。人だけではなく、自転車、乳母車、農具などや、豚、鶏、アヒルまで持ち込まれている。その電車は、木製の椅子に座った人々を乗せて発射した。

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通勤列車の乗客

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始発列車の乗客たち

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通勤列車に自転車を持ち込む乗客

 私たちの列車は、機関車を取り換え、ここから進行方向を逆にして走った。すでに北緯53度にもなっているが、大地は冬の眠りから覚め、木々には春が訪れ、リンゴ、スモモ、ユキヤナギライラック、サクランボなどの花が咲き、シラカバの黄緑色の新芽などが美しい。汽車の走行と共に時は流れ、車窓に映える光景は、春のきざしが満ち溢れている。

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ミチュリンスク駅近くの線路沿いの人々

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ロシアに入ってからの車内の売り子

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林の中の村

 午前11時55分、リヤザニ駅着。この駅はモダンで都会的であり、プラットホームが広い。もうモスクワは近い。天気も良いので、カメラを首にさげてプラットホームに出る。

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リャザニ駅

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リャザニ駅の広いプラットホーム

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広いプラットホームにたたずむ乗客

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プラットホームの一角で食べ物を売っていた

 記念にと思い、カメラのシャッターを押してくれるように頼むが、皆黙って逃げてしまう。6人目にしてやっと中年の紳士がシャッターを押してくれた。幸運にも車掌の姿がなかったので、プラットホームの様子も撮影した。

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プラットホームで撮影してもらった筆者

 リヤザニ駅を出発して北西に進む。線路沿いの畑に鍬やスコップで大地を耕す人がよく見られるようになった。自由経済ペレストロイカによって、住民の多くが自給自足を兼ねて耕作するようになったのだろう。

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リャザニ駅を出発した列車

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線路沿いの大地を耕している人々

 12時50分、アカマツやヒマラヤスギが生えている林を抜け、大きな鉄橋を渡るとコロムナだ。ここには古城があり、窓から身を乗り出して撮影した。文化財の保護がまだ十分されていないので、手入れもされず崩れかけてはいるが、立派な城塞だ。

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川沿いのコロムナ古城

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放置されているコロムナ古城

 アカマツやシラカバ、楊柳の林の中に建物が多くなり、通過する駅にも人が多くなってきた。3泊4日の間、楽しく過ごすことのできた同室のバシリは荷物を片付け始める。私も、いつでも降りられるように準備した。

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寝台車の通路に立つ親子

 カザフスタン号は、午後3時45分、無事にモスクワの東郊外にあるカザン駅に到着した。大きな駅でプラットホームが8本ある。いずれにも汽車が入っている。まさしく長距離列車の発着駅らしく、列車はホームに突っ込むようにして止まっている。

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列車はモスクワのカザン駅に入る

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モスクワ東郊外のカザン駅のプラットホーム

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モスクワのカザン駅に無事着いた筆者

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アルマ・アタからの到着時刻の表示

 ドーム型の構内は広く、駅の天井の高いのには驚かされた。薄暗い構内を大勢の人が行き交っている。久し振りの大都会の喧騒が懐かしい。

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天井の高いカザン駅の構内

 私はバシリと握手して別れ、1人で駅前に出る。車が多く、タクシーが並んでいる。

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カザン駅舎

「インツーリスト・ホテル」

 タクシーの運転手に告げて乗り込んだ。まだ長い旅の途中だが、困難な地域を何とか通過して、無事にモスクワまで来ることができた。