地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

ユーラシア大陸横断鉄道の旅㉖ アルマ・アタ→チムケント

 5月6日の午後、アルマ・アタは曇っていた。オトラル・ホテルから車でアルマ・アタ第2駅に午後5時20分に着いた。

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第2アルマ・アタ駅の入口

 ディナ女史はいろいろと気を遣って、駅まで見送りに来てくれた。そのうえ女車掌のナジャクさんと男車掌のアクソツさんに、私の世話を頼んでくれた。ところが、プラットホームで撮影していると、その40代後半のナジャクさんから、モスクワに着くまで撮影禁止であることを申し渡された。だが、大したことはあるまいと、聞き流すことにした。しかし、彼女は大変厳しく、うるさい車掌である。

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第2アルマ・アタ駅の切符売り場

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第2アルマ・アタ駅のプラットホーム

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よく世話をしてくれたディナ女史

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右から車掌のアクソツさんとナジャクさん 左端は筆者

「出るぞ!」

 駅員がそう叫んでいることをディナ女史に告げられ、慌てて乗車すると、列車は何の合図もなく、動き始めた。午後5時47分の出発で、これからモスクワまで3泊4日の旅であり、9日の午後5時に着く予定。

 ソビエト連邦時代から今まで、外国人、特に西側といわれる国の人々が乗ることのできなかった中央アジアの鉄道旅行なので、途中何が起こるか分からない。しかし、乗っていれば目的地に向かって進むのだから、あせらず、ゆったりと身を委ねることにする。

 部屋は2人用のコンパートメント。高級官僚や軍の将校用の車両で、軟座。これなら長い旅でも疲れない。満員だと聞いていたが相客はいなかった。

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車窓に見えたアルマ・アタの民家

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第1アルマ・アタ駅

 汽車は町中をゆっくり下り、10分後に着いた第2アルマ・アタ駅で、今流行している中国製のスポーツウェアを着た男が、ワゴンに大きな布袋を載せて乗り込んできた。彼は荷物を下ろし、ベッドを持ち上げて中に入れた。ベッドの下は物入れになっていることを知り、私も荷物を入れた。

 彼は座ってにこやかに会釈した。栗毛色の髪は短く、額は禿げあがり、口ヒゲが高い鼻とよく似あっている。彼はロシア人で英語が話せない。私はロシア語が話せないが、六か国語会話集を頼りに単語を並べ、なんとか少し通じ合った。

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右側が同室者のバシリさん

 名前はバシリで38歳。アルマ・アタ北のタルチクルガンの出身で、退役軍人。ハバロフスクやウラジオストッックにいたこともあり、日本を知っていた。今は東ベルリンで働いているそうだ。もう東ベルリンの名は存在しないが、ロシア駐留軍関係の仕事なのだろう。休暇で故郷に帰っていたが、これからモスクワ、ワルシャワ経由でベルリンに戻るところだという。私たちは、お互いに身分証明書を見せ合い、確認した。 

 まずは同室の彼と仲良くなることが大事だと思い、日本製のボールペンとタバコ、それに100円ライターを進呈する。彼は戸惑いながらも大喜びで受け取った。

 午後6時50分頃までは、線路沿いに家が見えたが、7時過ぎると、大平原になる。コンクリート製の電柱が並び、その電線にカササギがとまっているのをしばしば目にする。

 若草が生え、ポプラやスズカケの大木がポツリポツリとある緑の大地には、馬にまたがった牧童に追われる3、400頭の羊の群れが見られる。線路沿いには白く塩分を吹いた大地も続く。

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羊が放牧されている夕方の大平原

 午後8時30分、南の彼方に冠雪の連山が見える。地図では荒野か砂漠のようになっているが、大地は緑に覆われている。9時15分頃、中央アジアの緑なす平原は暗くなった。

 私たちは、窓際から突き出たテーブルに、お互いに持参した食物を出し、分け合って夕食をした。私の高級コニャックと彼の地元のウォッカを交換して飲む。言葉は通じないが、結構楽しい。共通体験をもつ者同士は、言葉がなくても分かり合える。

 10時15分、天井のライトが暗くなる。12ルーブルで借りた枕カバーとシーツ2枚でベッドの準備をして横になった。

 翌朝、5月7日の午前7時、車内放送で目覚める。洗面所は、じゅうたんを敷いた廊下の行き止まりにある。洗面器には赤と青の蛇口があるが、湯は出ない。トイレは洋式で、ステンレス製の便器の上に黒いプラスチックの覆いがある。

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早朝、チムケント近くを走る列車

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チムケント近くの村

 列車は西に向かって走っている。昨夜は10時過ぎからかなり激しく雨が降っていた。そのせいか、線路沿いに水溜りが出来ている。

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チムケント

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チムケント駅

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チムケント駅のプラットホーム

 午前8時20分、チムケント駅に着いた。南の遠くに連山が見える。ここから南へ向かうとウズベキスタンタシケントに行く。しかし、列車は、タシケントへ分かれるアリス・ジャンクションを過ぎ西北に進路を向けた。

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チムケント郊外の農地

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チムケント郊外の村

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第2アルマ・アタ駅での筆者」