ユーラシア大陸横断鉄道の旅㉗ チムケント→カザリンスク
チムケントを過ぎ、西北に進路を向け、平原を走り、アリスの町には午前9時40分に着いた。
プラットホームでは、頭には白い布を巻いたカザク族の女たちが、肉饅、パン、チョコレート、落花生、ネギ、赤カブやキュウリの漬物などの食料品や雑貨を売っている。 通路の窓を開けて彼女たちを撮影すると、女たちがカメラを指差して大きな声を発した。すぐに女車掌ナジャクがやってきて、きつい目をして「ニエッ、ニエッ」とロシア語で強く注意された。私は撮るのを止めたが、フィルムを取り上げられることはなかったので、笑ってすませた。
ちなみに、部屋の窓は開かない。そのうえガラスが二重になっており、すき間に目張りがしてあるので、内側が曇って外がよく見えない。通路の窓が開くのは二カ所だけで、他は鍵がかかっている。開けられる窓から外を見ていると、ナジャクがやってきて閉めてしまう。彼女はソ連時代のままのようで、独立国家共同体になっているのに、少しも変っていないようで、うるさく取り締まっている。
列車はアリスを過ぎると山のない大平原を北西に向かって進む。中央アジアは砂漠か荒野を想像していたが、線路沿いは麦畑と放牧地で、緑に覆われている。
11時40分、トルクメスタンに着いた。プラットホームに降りて、500mlの瓶入り牛乳を8ルーブル(約8円)で買う。
12時50分ごろ、ヨシの密生地を通過する。竹のない中央アジアでは、ヨシは大事な建築材、家具材で牧畜民たちはこれを編んだすのこを作り、敷物にしたり、移動式住居“包”の腰部を巻いたりする。
線路が大きくカーブしているところで、窓から顔を出して数えると、なんと23両も連結していた。中国では15両であったが、カザクスタン号は長すぎて、プラットホームからはみ出したり、プラットホームのない駅もある。
午後1時12分、プラットホームのない小さな駅に止まった。乗客は飛び降りていたが、踏み台がないので、女や子どもは大股開いたり、お尻を押されて乗り込む。
白いトタン屋根に白壁の小さな画一的な家が並んでいる小さな町はずれに、ドーム型のイスラム教徒の特徴的な墓があった。
この辺は、湿潤地によく生える植物、タマリスクが多い。アキニレやヨシ、それに野生のナツメなどが見られる。線路の西側にはアラル海に注ぐシルダリア川があるはずだが、見えない。
1時30分に食堂車へ行く。テーブルクロスをかけ、ライラックの花を飾った席に着くと、ビア樽のように太った30代のウェイトレスが、ニコニコしながら注文をとりに来た。彼女は、自ら“タマラ”と名乗った。
定食はカザク料理で7種類あり、その1つにカザク米のご飯の上にハンバーグが乗っているのがあり、それを頼んだ。このところパンばかりだったので、ご飯は日本米のようで美味かった。ほかに幅の広い麺が入ったスープ、黒パン、ペプシコーラがついて50ルーブル(約50円)であった。
2時40分ごろから線路の周りは乾燥して砂漠化してきた。この南西方向にはキジクム砂漠がある。キジクムとは「赤い砂」を意味する。
午後4時、クジルオルダに着く。プラットホームではジャガイモ、パン、ソーセージ、燻製の魚、ヨーグルト、アイスクリームなどが売られている。乗客の多くは降りないが、私は1日1万歩を目標に、車内でもプラットホームでも歩くことにしているので降りた。
どの駅にも列車に水を補給する高い貯水塔がある。その周囲にはポプラやニレの大木がある。まだ葉が茂っていないので、カラスやカササギの巣が鈴なりになっている。まるで大きな実がついているようだ。
5時過ぎると、線路沿いの大地に白く塩分が噴き出ているのが目に付く。この辺は砂漠か荒野であるはずなのに、灌漑用水路が発達して麦畑が続く。穀倉地帯で小さな村にも大きな貯蔵庫があり、こぼれた穀物をついばむ鳩が多い。
午後6時30分頃、テレメン・テペ近くで初めてシルダリア川が見え、しばらく川沿いに走る。水は濁ってゆったり流れている。
平原はもう見飽きているのだが、本当に真平な大地に、宇宙ロケット用か、軍用なのか、大きな円形レーダーが3、4個並んでいる。広いので、まるでおもちゃのセットのように見える。
8時45分、小さな駅に止まる。牧畜民の村で牛や羊が多い。太陽はまた地平線上にある。
午後9時10分、カザリンスク駅に着き、しばらく停車した。この辺の川や沼、湖、それにアラル海でとれるのか、大きなフナのような魚の燻製を売る女たちが車内に入ってきた。羊毛や山羊の毛の臭いの強い手編みのセーターやチョッキなどを売る女たちもやって来て、車内はにぎやかにになった。
カザリンスクを出発し、10時15分、進行左前方に白く光るアラル海の水面が見えた。近年、灌漑の用水路が発達して麦や綿の畑に給水するため、アラル海に流れ込む川の水が減り、アラル海の水位が下がって、大きな問題になっている。
地平線の赤い残照と、暗くなりかけた大地に白く開けるアラル海の輝きが、徐々に失われてゆき、大地は見る見るうちに暗くなった。