地球へめぐり紀行

ユーラシア大陸横断鉄道の旅 編

西インド諸島.ドミニカの子どもの遊び調査行③(2002年2月)

歌と踊りのドミニカ共和国

 私は、2002年2月1日の朝、キューバの首都ハバナからカリビアン航空でキューバ東部の町サンティアゴ・デ・クーバに飛び、その日の午後1時に乗り継いで、ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴには午後2時半に着いた。

 ドミニカ共和国の入国時には、3ヶ月以内の滞在はビザ不要で、入国カードとパスポートを提示するだけでよかった。空港のロビーから外に出ると、タクシーの客引きが多い。約30km離れた市中の、予約しておいたエンバハドール・ホテルまで400ペソ(約3,200円)の約束で乗る。途中の街中は交通渋滞がひどくなかなか進めなかった。ホテルに五時に着いてチェックインすると、日本大使館の広報官大田代女史からメッセージがあった。

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サント.ドミンゴ中心街の屋外カフェテリアと古いホテル

 部屋に入って電話すると、通訳兼ガイドの日系ドミニカ人、国松マリさんを紹介され、午後7時にホテルのロビーで彼女に会うようにと指示があった。

 ドミニカ共和国は、カリブ海で2番目に大きいエスパニョーラ島の東側約3分の2を占め、面積は九州と高知県を加えた広さとほぼ等しい4万8,000平方km。国土の北東から南西にかけて中央山脈が走り、カリブ海アンティル諸島では最も高いドゥアルテ山(3,175m)がある。南西部は山が多いが、東部は平原地帯で牧畜業が盛んである。

 人口は約850万人で、首都サント.ドミンゴには約250万人が居住している。人種構成は混血73%、スペイン系16%、アフリカ系11%で、圧倒的に混血が多い。

 翌2月2日は土曜日で快晴であった。午前9時に国松女史と会い、チャーターした車で国立自然博物館を訪れた。広報官の大田代女史が館長のルナ・カルデロン博士(人類学)に9時半の約束を取ってくれていた。しかし、館長は10時まで来なかった。

 館長室でカルデロン博士と1時間半、子どもの遊びや遊び道具について話し合った。

 博士は、少年教育にとって遊びの重要性を説いた。会見に30分遅れたのは、子どもたちが作った素朴な遊び道具を私に見せるため、資料室で集めて持参したためであった。

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子供が作った遊び道具を前にして話す、国立自然博物館長のルナ・カルデロン博士

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国立自然博物館長室でのルナ・カルデロン博士と筆者

 博士は、別れる時、首都のサント・ドミンゴから約25km西にある町サン・クリストバル郊外の村に行けば、きっと子どもたちのいろいろな遊びが見られるだろうと教えてくれた。

 私は、国松女史の案内で11時半からサン・クリストバルの町へ向かい、約40分で着いた。国松女史の案内で、とにかくどこかの村へ行こうということになり、地名も方角も決めないまま車を走らせた。走っているうちに人家か10軒くらい道ぞいにあった。そこで男の子たち5、6名が集まって何かをしていた。車を止めて近つくとドミノゲームをしていた。しばらく見ていると、女の子たちも集まってきた。そこでポラロイドカメラで撮影し、子どもたちが映った写真を一枚渡すと、驚きと喜びで笑いと奇声が起った。すると、大人たちも集まってきたので、ここの地名を尋ねると、「カノヒータ」村で、人口は約300人だと答えた。子ともの野外遊びか見たくてやって来た旨を国松女史に伝えてもらうと、子どもも大人も大笑いした。が、やがて子ともたちか勝手に遊び始めた。

 女の子は、キケノヨエスミ(12)、マリレリ(11)、ホンエンーナ(8)、エフリノ(6)の4人で、男の子はラウル(15)、カルロス(12)、ホセマオリ(10)アマオリ(10)エリェセール(9)の5人。ドミニカ共和国の義務教育は七歳から五年であるので、15歳のラウル以外は皆、初等教育を受けている子どもたち。

  子どもたちは遊び始めると、私のことなど関係なく楽し気に次々と遊びをした。国松女史の通訳で、大人たちに遊びの説明をしてもらった。「ウノ・ドス・トレス・ピサ・コラ」というのは日本のかくれんぼのことで、見ていると分かったが、その他の遊びは殆どが歌と踊りである。「アロス・コン・レチエ(ご飯とミルク)」、「メカイ・デントロ・ウン・ポーソ(井戸の中に落ちた)」、「トド・ロス・トミンゴ・コシノ・ショ(毎日曜日には私が料理する)」「ジョテンゴ」等は頬にキスをしたり、腰ふりダンスをしたりとエロチックな動作でまさしく大人の物真似である。

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カノヒータ村の少年たち

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ドミノゲームをする少年たち

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「井戸の中に落ちた」遊びなどをするカノヒータ村の子供たち

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「ウノ.ドス.トレス.ピサ.コラ」と呼ばれる、かくれんぼのような遊びをする子供たち

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遊びをしてくれたカノヒータ村の少女たち

 ドミニカ共和国といえば、ダンスが盛んでメレンゲ発祥の地で世界的に知られている。また、大変ポピュラーな「バチヤータ」と呼ばれる踊りは、その意味か「どんちゃん騒ぎ、お祭り騒ぎ」である。このように、踊りと音楽は生活に密着した存在であり、文化の中核をなしているので、子どもたちの遊びにも影響している。

 約1時間半も遊んでくれたが、村人が沢山やって来てその内に変な雰囲気になった。国松女史に尋ねると村の大人の数人が彼女にお金を払うよう催促しているのだという。あまり長くいるとよくないとの彼女の判断で、私たちは村を去ることにした。それにしても子どもたちは情熱的によく遊んだ。内容を確かめてノートにメモする暇かない程次々に遊び、笑いころげていた。

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サント.ドミンゴ市内の私立小学校で歌いながら遊ぶ子供たち

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私立小学校の校舎内で遊んでいた子供たち

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市内の私立小学校の子供たち

  翌2月3日は日曜日なので、ホテル近くのミラドール・スール公園を歩いて、子どもたちの遊びを観察しようとした。しかし、曇天であったので午前中は人出も少なく、遊びは見られなかった。その代り、「カージョ」と呼ばれる闘鶏の訓練を1時間ほど見た。ここでは、雄鶏の鳴き声「コケコッコウ」を「キッキリキー」と聞きなすそうである。

 11時ころ、もう一度公園に行くと男の子たちが「チチグア」と呼はれるたこをあげていた。しばらく見た後、旧市街に行き、コロンブス銅像がある広場の自由市場で、長さ10数センチの先住民タイノ族の古い石像を400ペソで買った。売り手は、自信ありげに5~600年前のものだと言ったが確認することはできなかった。

 午後は雨になり、街に人出は少なく、子どもの野外での遊びは見かけなかった。

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ミラドール・スール公園で凧揚げをする少年

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公園の中で遊ぶ女学生たち

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中心街の広場の中を通る若い女

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コロンブス銅像がある、サント・ドミンゴ中心地の広場

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左から太田代女史、野上武久大使、筆者、国松女史(大使公邸にて)