中国内蒙古のモンゴル族④ チリンゴルの羊飼いと馬養い

 牧畜民の1日は朝が早い。昨夜ナスンさんのゲルに泊まった私は5時に起き上がった。外に出ると、ノルマさんがすでにゲルの近くで牛の乳を搾っていた。

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早朝に牛の乳を搾るノルマさん

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平原の日の出

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朝日に映える隣の牛飼いドクルさんのゲル

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夜明けの羊たち

 9月10日の6時半から、ボリブというパン菓子、クリーム、バター、チーズ、それに暑いステーチャ(濃いミルク茶)にキビを入れたものなどモンゴル式の朝食をした。

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朝食用の乳製品

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早朝に搾乳した牛乳でバターをつくるノルマさん

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モンゴル衣装に着替える筆者

 7時すぎに、ナスンさんが平原に出た。約700頭の羊を管理するため馬にまたがり、オルグと呼ばれる長い棒を持っている。私は、モンゴル族と同じ服装をし、馬を1頭借りて同行した。

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羊の放牧に出かけるナスンさん

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羊の群れを追うナスンさんたち

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ナスンさんについて羊を放牧する馬上の筆者

 緑なす大草原に羊の群れを追うナスンさんは、比較的のんびりしている。羊は絶えず下を向いて草を食んでいるので、山羊や馬のような速い動きをしない。

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ナスンさんが管理するの羊たち

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馬上のナスンさん

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大草原でのんびりと羊を放牧する、馬上のナスンさんと筆者

 馬の背から眺めると、見晴るかす大草原に白い羊の群れが、紺碧の空に浮かぶ白雲のように見え、まるで詩の世界を絵にしたように美しい。しかし、モンゴル高原では、古来羊飼いは平民階級であった。大地を耕す人々を蔑視する北方騎馬民は、大地を這うように彷徨う羊飼いをも軽蔑していた。動きが激しく活発な馬養いには、上級階級としての自負心があった。

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牛飼いのドクルさんのゲルの中

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すぐ隣のドクルさんの妻と娘と本人

 「見失った馬は人に尋ねて求めよ」

 モンゴル族の諺であるが、馬を盗んだ者は武器を盗んだと同じことで、死刑を意味した。モンゴル族の草原貴族である馬養にとって馬はなくてはならないものであり、盗まれたら生命をかけて取り返さなければならなかった。

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馬養のアマルさん

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馬養アマルさんのゲル
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左アマルさんのゲルの中のかまど 右アマルさんの妻と子供

 私は、馬養いのアマルさん(34歳)を訪ねた。彼は、ゲルから南へ5、6キロくらいの所に300頭の馬を放牧していた。朝一度馬を見回り、日中はゲルに戻って、時々望遠鏡で馬の動きを見張る。夕方もう一度行って馬に水を飲ませる。羊と違って他の動物からの被害を受けることはないし、強風に流されることもない。それに馬泥棒がいる訳でもないので、大変余裕のある生活態度であった。

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馬の捕獲竿を持つアマルさんと助手

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300頭近くの馬群

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馬を追うアマルさんたち

 しかし、馬を移動させたり、捕獲したりするのは、まるで戦場のようだ。馬の動きを制止したり、方向づけしたりするには、動きを察知する知恵がないと、馬に嘗められてしまう。5メートルほどの捕獲竿を持って、馬上で自由に行動するには、幼少時代からの訓練を必要とする。やはり馬養いの技術は、即騎馬戦の実地に役立つわけである。

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捕獲竿をもって疾走する馬を追うアマルさん

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疾走する馬の首に捕獲竿で縄をかけたアマルさん

 ところが、今では馬を必要とする戦争がないし、車が発達しているので、乗り物としての馬は売れないし、必要性がなくなっている。反対に世の中が安定して豊かになればなるほど、羊肉や羊毛の必要性が高くなり、羊は値上がりする一方である。

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保存用に棚の上に干した生肉

 馬飼いのアマルさんは、生産大隊から年俸1600元もらっていた。羊飼いのナスンさんや牛飼いのドコルさんよりも少なかった。今では馬飼いよりも羊飼いの方が、経済的に勝っている。

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詳しくは拙著「チンギス・ハンの末裔たち」(講談社出版)をご覧ください。