ミャンマー北部探訪㊷ 藩王の村タウンダット

 12月17日、宿泊した左岸にあるバウンピンの町で朝食してから、20キロ川上のタウンダットに向かった。そして、右岸のやや高くなっているタウンダットの村に9時50分に着いた。着いたと言っても川岸には何もなく、砂地に乗り上げたのである。

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パウンピンの古い商店

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パウンピンの町で朝の托鉢をする僧たち

 川辺の砂地から斜めに20メートルもの高さまで続く、コンクリートの階段を上がると、“タウンダット”の表示板があった。

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ビルマ語で書かれた”タウンダット”の標識

 下の川面からは見えなかったが、標識の立っている広場近辺に家があり、商店もあった。これまでの村とは少し違い、やや町らしい雰囲気がある。

 この村でも多くの日本兵が戦病死していたと聞いていたので、いつものように、まず村の長老を捜した。モンさんとチョーさんが村人に尋ねているうちに、中年の男が長老の家に案内してくれることになった。

 私たちが案内された道沿いの立派な2階建ての家の2階の壁には、黄金色の大きな菊花紋章があった。モンさんが家の中に入って行き、事情を説明してくれた。

 私たちは、1階の開放的な部屋に招き入れられた。やがて小柄な老人が出て来て、私たちと握手し、私の隣に座った。

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長老のウー・ネルさん(87歳)と話す筆者

 老人は、87歳のウー・ルネさんで、モンさんやチョーさんの通訳で、私たちの質問にしっかり答えてくれた。

 この村は、ビルマ王国時代からこの地方の藩王がいた村で、現在は480軒で2554人が住んでいるそうだ。イギリスの植民地になって間もなくからイギリスの軍人たちがいたそうだが、やがて日本軍がやってきて、イギリス軍を追い出して駐在していた。ところが、インパール作戦末期には、イギリス空軍機による爆撃が激しくなり、村人たちは皆が山の中に逃げ込んでしばらく帰って来なかった。

 戦争が終わって村に戻ってみると、沢山の日本兵の遺体や遺骨が散在していた。村人たちは、遺体はチンドゥイン川に流し、遺骨は村の古い寺、“レイボー・チヨン”にあった古井戸に投げ入れて埋めた。何体かは知らないが、とにかく沢山の遺骨を井戸の中に投げ入れたそうだ。

 ウー・ルネさんは、日本兵の鉄兜や銃剣、銃身、飯盒などを持ち出して見せてくれた。そして、当時の出来事をいろいろ話してくれた。

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日本兵の鉄兜と銃身

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水筒の尻には”日本アルミ”と表記されている

 私は、ウー・ルネさんに日本兵の遺骨をたくさん投げ込んだという古井戸に案内してもらった。彼の家から200メートルほど進んだ所に、トタン屋根が9層になった高さ3、40メートルもある尖塔型の古い寺、レイボー・チョンがあった。

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レイボー・チョンに案内するウーさん

 井戸は寺院から2、30メートル離れた所にあったが、埋め戻されて平地になっていた。5年前に、その古井戸のあった所に高床式の建物が建てられ、今はその下になっていた。しかし、床の下に井戸の形が半分ほど確認できた。

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床下の古井戸のそばで合掌する筆者

 私は、やって来た村長(ウーさんの息子)や村人たちに相談して許しを得て、古井戸の傍らに小石を置き、日本から持参した海苔巻煎餅を載せ、線香に火をつけて焼香し、日本酒を注いで、“南無阿弥陀仏”を唱えた。そして、“ふるさと”を口ずさんでいるうちに、ここで死んだ若き兵士たちの無念の思いが込み上げ、涙が溢れて声が出なくなった。

 しばらくしてから立ち上がり、ウー・ルネさんや村長、10数名の村人たちに話しかけた。現場にいた村人全員が、誰一人拒むことなく線香を大地に置いて黙祷してくれた。

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古井戸から20メートルほど離れたところに作られた、新しい井戸のそばで洗濯や水浴びをする女性たち

 私は、チョーさんを通して皆さんにお礼を述べ、ウー・ルネさんの手を取って感謝し、体に気をつけて長生きしてくださいと申し上げてお別れした。

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詳しくは拙著をご覧ください。