地球へめぐり紀行

ユーラシア大陸横断鉄道の旅 編

トラジャ族の米倉と崖墓(1987年1月)スラウェシ島

 インドネシア北東部のスラウェシ島中央高地に、トラジャと呼ばれる民族が住んでいる。トラジャ族は、周囲の諸部族とは異なった風習があり、20世紀に入るまであまり知られておらず、謎の民族として、その由来は今もはっきりしていない。

 私は、1987年1月8日、インドネシアのバリ島から飛行機で約1時間東北に向かい、南スラウェシの中心地ウジュンパンダという人口75万人の町に着いた。翌9日の早朝、ここから車で出発した。約8時間も走って300キロ程北のタナ.トラジャと呼ばれる高地に着いた。人口約35万人と言われるトラジャ族は、標高800~1,000mの地域に住んでいる。

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タナ トラジャへの入口

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標高1000メートルもある、タナ.トラジャの風景

 ここは赤道直下でも比較的涼しく、雨季でも午前中に雨が降ることはない。年中初夏のような気候で、稲作は2、3回収穫できる。周囲に石灰岩の岩山が多く、谷間には棚田が続き、緑に覆われ、果物や野鳥が多く、大変豊かな地域。

 この高原地帯に住む人々を、周囲の低地に住むブーキス族が、“山の人”という意味で“トラジャ”と呼んだのが名称の始まりだそうだが、トラジャ族の社会は王族・貴族・平民、そしてその下と4つの階級に分かれている。

 上級階級の人々は大家族で、“トンコナン”と呼ばれる高床式の“家族の家”を中心に何家族もが共同生活をしている。トンコナンは屋根が南北に張り出し、船型をしている。他に”アラン“と呼ばれる高床式の4~6本足の米倉がある。

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建設中のアラン(米倉)

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大きいのはトンコナン(家族の家) 小さいのはアラン(米倉)

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トラジャの棚田

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水田で稲刈りをしていた女性

 私は、サンボリンギ家、サルガロン家、ブンブガン家、サンペトリン家などの王家を訪れたが、王家の人々は比較的肌の色が淡く、目鼻立ちがよく、中国大陸南部のチュワン族やタイ族の人々に似ている。彼らの伝説によると、先祖は北からきたことになっており、神聖な方位は北で、忌むべき方角は南と西である。11王家の中でも歴史が古く、大きな家系であるサンボリンギ家は、今の当主が51代目だそうで、約700年前から続いているという。

 私が、通訳のイヅロスさん(30)と一緒に1泊させてもらったノノガン地方の王家であるブンブンガン家は、サダン川にかかる橋の近くの小高い丘にあり、たくさんの米倉「アラン」が建ち並んでいた。

 頭主のタンニ・ブンブンガンさん(65)は、トラジャ地方の議員であり、地主であった。

 夕食は、彼の奥さんがトラジャ料理を作ってくれた。食材の野菜は全て畑から採りたてを使った。調味料はトウガラシが主で、少々ピリピリしてあっさりした味で食べやすかったが、食後は口の中が燃えるようで舌が痺れ、水を何杯も飲んだ。

 夜は、娘のフィトレシアさん(17)が、王女の正装を身につけていろいろ説明してくれた。そして、歌ったり踊ったり雑談したりと、家族が夜遅くまで付き合ってくれ、楽しい一夜を過ごした。

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ブンブンガン家の夕食料理

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左は頭首のタンニ.ブンブンガンさん 中央は第二婦人 右は王女のフイトレシア.ブンブンガンさん(17歳)

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王女フイトレシアさんの正装

 トラジャ族は、もともと「アールック・ト・ドロ」と呼ばれる祖霊信仰であった。ところが、今から90年ほど前からオランダ人に強いられて、今ではキリスト教徒が多くなっているが、彼らは、今でも祖霊信仰の風習を変えず、葬儀は昔ながらの風習を守り続けている。

 トラジャ族は、昔から南の彼方に「プヤ」と呼ばれる来世があり、死後も第2の人生を送ることができると信じていた。葬儀は来世へ行くための儀式で、生贄の家畜が多いほど来世で裕福に暮らせるのだという。だから、「ディラバイ」と呼ばれる王族の葬儀は、一次葬(アルクピア)と2次宗(マバラオ)に分かれ、水牛が何10頭も生贄になり、大変盛大に行われる。

 「リアンパ」と呼ばれる、2次葬後に遺骨を安置する絶壁の墓“崖墓”は、高い岩穴に梯子を使って遺骨を安置し、副葬の“タウタウ”と呼ばれる木偶をバルコニー風の窓に、並べて立てる。

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崖墓にたたずむ木偶
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洞穴に安置されていた古い棺

 いずれも祖霊信仰の表現方法であるが、村を見下ろす断崖のバルコニー風の窓に並んだ木偶が、前に手を差しのべて何かを語りかけているような様子は、一見奇異に思われるが、先祖と共に生きる子孫たちの大いなる心の表現だと知ると、これこそ人間愛の最高の文化のようにすら思える。

 彼らは、先祖たちの無数の木偶を、何年かごとに衣類の着せ替えをするそうだ。何より、絶壁に立つ木偶の2つの目は白く光って遠くからでもよく目につく。その目は、村への悪霊の侵入を防ぎ、しっかり働き先祖を敬いなさいと、村人たちに語り掛けているようでもある。

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トンコナンとアランの林立する村

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美しいアラン(米倉)

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葬式用のラキアン(死体安置小屋)

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アランの群立
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アランで食事を共にする村人

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修理中の巨大なトンコナン

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トラジャの織物

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現地の産物を売る市場