秘境コニャック地方探検②(1979年1月)ナガランド

 黒い顔と首狩りをしたカオ王

 サンユー村に1泊した後モンに戻り、コニャック地方で最も危険で野蛮な王がいると言われるチュイ村を尋ねることにした。1月16日の朝出発し、午前10時頃には村に着いた。

 チュイは山の上にある大きな村で、2,200人のコニャック族が住み、活気があった。村の一番上にある王の家は、間口18m、奥行き73mもある世界一長い、茅葺きの平屋である。家の入口まで行くと、左側の壁には人間の頭蓋骨が100個余、4段に並べられていた。

「すべて首狩りしたものです」

 コニャック語通訳のマンドンさんが教えてくれた。村の人は墓地に葬るが、首狩りした頭蓋骨は、村の戦闘力の証明として、王家の戸口に陳列される。

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カオ王の家の入口左側の壁に陳列されていた頭蓋骨

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カオ王の家の入口

 「今はもう首狩りをしていません。これらは10数年前までのものなので、心配しないでください」

 マンドンさんは笑いながら言った。

 紹介された小柄なカオ王は、顔一面に入れ墨をし、ニコリともせず、野獣のような鋭い視線で私を凝視した。

 インドの平地に住む文明人は、中央政府や州政府に対しても抵抗力の強いこのカオ王を、「11人もの妻がいる野蛮な男」と、いかにも非文明人で愚かな人物として悪評し、恐れていた。しかし、現地で会って話してみると、村人に支持された、大変賢い王で、イギリス植民地時代にも入域を自由にさせなかったそうだ。それに一人の妻がおり、10人の女性は、内妻ではなく、料理人兼家政婦的な存在で、村国家の家事全般を職務とする女官であった。

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チュイ村の子供たち

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現在の村人の土葬された墓

 ナガ高地の村はたいてい山の尾根にあり、1村ごとに要塞化し、村国家の体をなしている。人口はだいたい2,000から3,000人で、少なくても1,000人の村人がいる。カオ王は、チュイ村だけではなく、7つの村を支配しており、その権力はインド政府も認めるところで、彼のテリトリーや行動は今も束縛はされていないという。

 村人の骨格は日本人に似ているが、中年以上の男は顔に入れ墨をしている。

 男の子は15歳で成人し、胸に入れ墨をするが、顔の入れ墨は首狩りに成功した者にしか許されない。

 首狩りは個人またはグループの総合能力によるもので、能力のない者は命を捨てるようなものだという。訓練と修行の足りた25歳以上の男でないと、首狩りを許さないそうだが、どんなに熟練しても成功率は高くない。

 「首を狩ることは容易だが、それをいかにして村まで持ち帰るかが大きな問題だ」

 実際に首狩りの経験のあるカオ王の説明は、具体的な動作がついて大変わかりやすかった。まるでスポーツの試合について話をするかのようで、誇らし気な彼の振る舞いは、56歳とは思えないほど敏捷であった。

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カオ王の護衛人

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焼き畑の労働中に並べられた自家製の鉄砲

 首を狩った男は、それを身につけて自分で村へ持ち帰り、王の家前の石台に置くことに全力を費やす。まるで忍者のごとく、七つ道具すら使う。刀、槍、弓矢、まき鋲、仕掛け糸、粉、手裏剣、その他時と場合に応じて、樹木、草、竹などなんでも使い、わなや仕掛けを素早く作る。追っ手につかまれば、逆首狩りで斬殺される。

 以前のナガ高地では村国家を存続させるために、自然条件と社会条件をいつも並行させておく必要があった。もし、そのバランスを崩し、人口増加が外に向かって爆発すると、必ず全面戦争になる。そうなると、次々に村国家が戦乱に巻き込まれ、留まることのない武力闘争になる。

 長い歴史の中で、山々の尾根に作られてきた一村一国の「村社会保全」の最善策が、お互いに暗黙の了解事項である首狩りという間引きの風習であった。まさしく敵対する村の人口を増やさない外交のための首狩り戦争である。

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水牛の角笛を吹くカオ王(56歳)

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罠の仕掛け方を教えてくれたカオ王

 私は、その日の正午から、王と共に行動し、村の焼畑農耕の現場を見せてもらい、撮影させてもらった。

 カオ王の家に1泊させてもらって、いろいろ聞き書きして分かったことは、首狩りは、青少年の心身を鍛える手段であり、全面戦争回避のためでもあった。しかし、失敗すれば捨て石の如く忘れ去られ、成功すれば女王から顔に入れ墨をしてもらい、小さな青銅の仮面を首から胸に提げ、結婚の自由を得る。

 

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焼き畑作業中に野外料理をする女官たち

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野外料理を食べていた女官たち
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左は私用 右は村人たち用
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左は休息する村人たち 右は家の入口の木の柱

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焼き畑作業中における昼食時に、作業台の上から指示を出すカオ王

 村の女性たちは、男が勝ち抜くことを祈って声援するが、英雄のみを称え、顔に入れ墨のある“コニャック”としか肉体関係をもたないし、ましてや結婚もしない。

 首狩りは、1種のスポーツだといえば、目を三角にして怒る人がいるだろうが、手に汗してスポーツを観戦し、拍手を送るのは、人間に首狩り行為と類似する益荒男の心が潜んでいるからだろう。

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左は焼き畑現場のカオ王 右は、王の家の前のメイハクロン(狩られた首を置く石)に立つ王と筆者

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2回目(1994年1月)に尋ねた15年後のカオ王 家の壁に頭蓋骨はもうなかった。