内蒙古のモンゴル族⑥ モンゴル族の年始回り

 1983年2月13日ウラントクでは、旧歴の元旦の早朝の祈りが終わると、年老いた者は横になるが、未婚の男女で気の早い者は親戚や親しい友人の家に年始回りを始める。

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雪原の中の村

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旧正月元旦の朝、雪原に立つ筆者

 零下30℃の、肌を刺すような張り詰めた冷気の中での年始回りは、歩く人、自転車を走らせる人、馬で駆ける人、馬車に同乗する人とさまざまである。

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雪原を歩いて年始回りをする人たち

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雪原を歩くチムゲさん

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ウラントクの牧畜民の娘チムゲさん(18歳)

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馬車で年始回りをする人たち

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馬で走る人

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馬で年始回りをする若者たち

 酒と冷気に頬を赤くした若い男たちは、たいてい馬にまたがり、4、5人で適齢期の娘がいる家を訪れる。といっても彼らのうちの誰かの親戚であったり、友人の家であったりするので、その人が年始回りの土産を持参する。私は、彼らの後を車で追いかけて行く。
 「サンシヌルボー」

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途中で人に出会うと必ず挨拶をする

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馬とオートバイでの人が会ってのあいさつ

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移動中に会って挨拶をしている人たち

 若者たちは道中で会った人にも新年の挨拶を送る。家を訪れると、両手を握り合って言葉を交わす。そして、持参した手土産を家長にひざまずいてうやうやしく渡す。この時、女性の場合は必ず帽子を被ることになっている。土産は菓子であったり、白い神聖な布ハタ、磚茶、おもちゃ、乾燥果物などであったりする。

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エフンオアス村で尋ねた家の年長の女性にあいさつする青年

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神聖な白い布ハタを渡して挨拶する青年

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帽子をかぶってあいさつする女性

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年始のあいさつで、年長者に神聖な白い布ハタを渡す青年

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エフンオス村で婦人から年始の挨拶を受ける筆者

 新年の挨拶が一応終わると、必ず酒と水餃子が振る舞われる。未婚の娘たちが、両手を差し出して杯をすすめて歌う。娘がいなければ母親か息子が酒を勧める。

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エフンオス村の家で歌いながら酒を勧める女性

 食べ物は、正月2週間は水餃子と決まっているので、大晦日までに沢山作って凍らせたものを湯の中に投げ入れて熱いのを出してくれる。しかし、5、6分もすると冷たくなる。外に置くと数分で凍るので、食べ残しは何度でも熱湯に投げ入れる。

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年始の客があれば、必ず熱い水餃子を出す。

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エフンオス村のカブやニンジン、ビートなどの根菜類の塩漬け

 それにしても、アルコール分の強いコーリャン酒をよく飲む。客の多い家では正月の2週間に100本も準備するそうだ。私はアルコールに強いほうではないが、寒いせいか、慣れない状況で興奮しているせいか、つい飲んでしまう(帰国後、胃の異常でしばらく食欲がなかった)。

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夜、馬を走らせたパインノル村のウチムさん(19歳)

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パインノル村のソムンジャさんの家

 モンゴル族の正月三が日の食べ物は、朝と昼は餃子、菓子、スーテチャ(ミルクの入った茶)であり、夜は餃子、うどん、饅頭、肉と野菜のスープであった。

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世話になったソムンジャさんの一家

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元旦の日にも、雪原で枯れ草を求めている羊たち

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夕方、雪原から戻ってきた羊たち

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ソムンジャさんの家の庭でえさをついばんでいた鶏たち

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19歳のウチムさんと筆者

 とにかく、若者たちは娘のすすめにのって酒をあおり、談笑が絶えないが、男たちが「ファチェン」という、お互いの手を同時に出し、指の数を言い当てるゲームが始まると、娘たちは酒をすすめない。しかし、たいへんテンポの速い勇ましいゲームで負けた方が酒を飲むので、まるで口喧嘩しているように荒っぽくなり、家中がひっくり返ったような騒がしさになって酒もすすむ。このファチエンは、私の故郷、高知県宿毛市発祥の「箸拳(はしけん)」に似た、酒席での大人の遊び。

 とにかく男たちはヘベレケになっても、馬に乗って次の家に行く。モンゴル族の女性も男に負けじと酒に強い。私が返杯すると、いつも一息に飲み干し、再び返してくるので参ってしまった。

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ファチエン(手拳)を始めた若者たち

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日本の箸拳に似た遊びファチエンで、負けた方が酒を飲む

 娘たちは親戚の家しか訪ねないが、若い男たちは馬にムチを打ち、数時間ごとに移動して、娘を見ることも兼ねて飲み回る。これが三が日といわず2週間ほども続く。この寒さの中でこれだけの活力があれば、シベリアおろしの冬将軍にもひるむことはないのだろう。

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旧正月元旦の平原に沈む夕日を見つめる青年