古き良き時代のオセアニア オーストラリア⑮

オパールに取り憑かれた男たち

 私は、中央オーストラリアのオパールの原産地クーパーペディで、オパールをもう7年間も捜し続けて、未だに掘り当てることのできない青年ビルに出会った。

 ビル・ヴァルマスは30歳で独身。彼はギリシアのアンドロ島生まれで、16歳で水夫になり、全世界を航海する。 

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30歳のビル・ブァルマス

 そして、1960年にオーストラリアに移住し、ギリシア人の多いアデレードに落ち着いた。

 アデレードのゴム工場で一緒に働いていた友人が突然姿を消し、1年後に再び彼の前に姿を現した時は、文無していつもピーピーしていたのに、ダブルの背広にシガーをくゆらせ、フォードの62年型を乗っていた。

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宝石オパールの原石と研磨したオパール

 友人は、クーパーペディでオパールを掘り当て20万ドル稼いだと言う。欲望の張子の虎となったビルは、その一か月後にはアデレードから大陸横断運送のトラックに便乗して、クーバーペディに降り立った。

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オパールの研磨

 その時の彼の記憶によると、ここには日蔭になるものは何1つなかった。所々にソルト・ブッシュが生えているだけで、褐色の大地に車の轍が続いているだけで、水などなかった。クーバーペディとは人間を寄せ付けないような過酷な自然環境であった。

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宝石オパールの研磨現場

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オパールを研磨する女性

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オパールの研磨機

 目のくらむような直射日光の光熱を避けるため、オパール堀りの家は全部地下にあった。クーパーペディは市でも町でも村でもない。何人が住んでいるのかも分からない。オーストラリアの市民権さえあれば、だれでも自由にオパールが掘れるし、嫌になればいつでも引き返すことができる。

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夜、地上にできたバーでビールを飲むオパール堀達

 ビルは、仲間と組んで、1963年1月から、ツルハシとダイナマイトで大地を掘り下げ、直径約1メートル、深さ12~18メートルの穴を、最初の1年間で40個掘った。しかし、オパールを掘り当てることは出来なかった。

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ビルのオパール堀り仲間の青年

 ビルは、毎年1月から5月までの5カ月間、オパール堀りの費用を稼ぐためにアデレードで働き、残りの7カ月間をクーパーペデイでオパールを掘り続けた。

 彼がなぜ7年間も掘り続けられたかといえば、ビルが掘り始めて以来、100人にも達する人々がオパールの鉱脈を掘り当てて、数百万ドルの金を手にした実例があるからだった。

 今日では、クーパーペディの地名が全オーストラリアはおろか、ヨーロッパ、アメリカにまで知られ、各地からオパール堀りがやってきている。そして、ホテルができ、飛行場ができ、観光バスがやってくるので、地上にバーが、レストランが、ガソリンスタンドが、雑貨屋ができ、いかなる物でも手に入れられる町になった。

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地上にできたバーの持ち主

 それは、地の底のオパールに取り憑かれたピエロたちが呼び寄せたのではない。オパール堀りたちとは異なった方法で欲望を満たそうとする商魂逞しい人間たちが、金の卵を産むアヒルに夢中になっている人間から、もし金の卵が生まれたら、何らかの方法で横取りしてやろう、と集まって来た裸の町だった。

 人口500とも1000人ともいわれるが、オパール堀りたちはまだ地下の家に住んでいる。

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クーパーペディーの店で働いていた、英国から移民してきた女性

 現在この町で飲用する水は、地価の塩水をポンプで汲み上げて天日で蒸留し、水道の蛇口で水が飲める。そして、ディーゼルエンジンの発電機によって電灯が灯る。

 しかし、いまだに町でも村でもない。ただオパールを掘るという人間の集団で、隣人がどんな人かなど知ろうともしない。

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クーパーペディーを知りたければ拙著をご覧ください。

 私は、ビルや彼の知人たちと深夜までビールを飲みながら話を聞いたが、皆気持ちの良いディガーであった。しかし、彼らのどこかにオパールに取り憑かれた単純さがあった。

 「俺は止めないよ。きっとオパールを掘り当てて見せる、きっとな」

 7年間も掘り続けてまだ掘り当てることのできないビルは、顔を歪めながら呟いた。