地球へめぐり紀行

ミャンマー北部探訪 編

ミャンマー北部探訪⑨ マンダレーの王宮

 マンダレーは、ビルマ族最後のミンドン王によって、1851年に建設され王宮のある古都。その王宮の敷地は一辺が2キロもある正方形で、高さ8メートルの赤いレンガ造りの厚い壁に囲まれている。その壁の外には水を湛えた幅70メートルもの大きな堀が巡らされ、東西南北の4カ所だけに橋がある。

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マンダレーの王宮を取り囲む幅70メートルもある東側の堀

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王宮の西側にかかるチーク材の橋

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王宮西側の堀

 1824年には、イギリスが東インドからビルマを侵略し、まず南にラングーン(現ヤンゴン)を建設した。そして、徐々に北へ侵攻し、1885年にはマンダレーを占領し、ビルマ王朝は滅びた。1886年には全ビルマが植民地となり、王宮はイギリス軍の施設となった。

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復元された王宮の本堂

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王宮の中庭

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王宮の東門入口にある尖塔

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らせん階段のある監視塔から見た尖塔

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監視塔から見下ろした、見事に復元された王宮

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らせん階段のある監視塔の上での筆者

 その後、1942年には日本軍がイギリス軍を追い出してマンダレーを占領し、王宮は日本軍の司令部となった。しかし、英米支連合軍との戦いに劣勢となった1945年3月には、イギリス空軍機の爆撃によって、チーク木材中心にてきていた王宮の建物は焼失し、残ったのはレンガ造りの城壁だけであった。

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監視塔から北のマンダレーヒルを見る

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監視塔から見下ろす僧たち

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王宮西側の建物

 1948年1月にビルマ(現ミャンマー)独立後は、王宮の跡地が国軍の施設として利用されていた。そして、1990年末に、今日の王宮の建物が再建され、観光地化して、入場料を払って内外の人々が新王宮内に入ることが出来るようになった。

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王宮東側の入り口近くの建物