内蒙古からチベット7000キロの旅㊱ ナクチューから羊八鎮へ

 ナクチューを出発するとすぐに、漢名で“怒江”と呼ばれるナクチュー川があった。この川ははるか南のミャンマービルマ)のモルメンまで続くサルウィン川の上流である。

 道は西南の方向へ続いていた。高い山のない大地は、全体的になだらかな平原である。北チベット高原は、標高4,400メートルくらいで、ゆるやかな起伏のある平原になっており、ところどころに小さな湖がある。樹一本生えていないが、草は生えている。

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ヤクを追っていたチベット族の青年

 ナクチューから60キロくらい走ると、道の左右に冠雪した山々があった。大地から7、800メートルの高さだが、標高は5,000メートルを越している。車が走っていると、西の山麓から霰のような雪が勢いよく降ってくるのか見えた。雨と同じように、天と地のあいだを無数の白糸で結んで、灰白色の布をたらしたような光景は、凄まじく、どんどん近づいてくる。運転手の張さんが、それを意識して、負けてはならじと、アクセルを踏みこみ、逃げるように車を走らせた。

 道から5、6キロ離れた両側に山が続いているが、その間に広がる平原には羊やヤク、馬などの家畜か多い。ところどころに牧民のテントが張られているが、住んでいる人は少ない。

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チベット族の家畜の放牧地

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標高4,400メートルの高地に住むチベット人

 ヤクの毛は黒いせいか、平原の中でよく目立つ。何千頭ものヤクかいると、大地が黒くなる。これはすべて家畜化されたヤクであるが、数百年も昔には、このへんには野生のヤクがたくさんいたという。それにしてもこれだけの数のヤクを、これまでには見たことがない。いつ道に飛び出してくるやもしれない不安が、しばらくの間続いた。

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ヤクを放牧するチベットの村

 サチューと呼ばれる川にかかる橋のたもとで、チベット人の村を訪れようとした。すると、子どもたちが、ウルトと呼はれるチベット特有の石投げ綱で遠くから石を投げ、卵大の石がブーンと鳴って近くに飛んできた。何か叫びながら石を投げるので、通訳のヤガレイさんにたずねた。

 「お前たち漢人は悪人だ!帰れ……」

 子どもたちは口ぐちにそう叫びながら、上手にウルトを回して石を投げつけてきた。

「俺は青海チベット人だ。漢人ではない」

 ヤガレイさんか大きな声で叫び返した。そして、私たちが日本人であることも伝えた。子ともたちは石を投げることをやめ、黒テントや土の家に入った。私たちは村に入って撮影したが、数軒あったどの家の中にも入ることはできなかった。無言の拒否にとまどいを感じた。解放という名のもとに漢民族が侵入したことによって、何かの被害を受け、敵対心が強く残っているのかもしれない。北京政府からすると解放なのかもしれないが、チベットの人びとからすると侵略のほか何ものでもないのである。それは、漢民族には理解し難い、チベット人の心の傷跡として、今も尾をひいている。そのことが、子ども心に石を投げる抵抗として、私たち外者(よそもの)にも向けられたのだろう。

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ヤクの放牧地にいたカラス

 ラツイのある峠から二キロほど下ると平原となり、道端に四角い台座に7,8メートルも高い円錐形の大きなチョルテン(仏塔)が八個並んでいた。近くに村は見えないが、この辺の牧民たちの聖地になっているようだ。さらに下ると、はるか遠くの両側に山のある平原かつづく。西側の山は高く険しく、冠雪しているが、東側の山はゆるやかで丸味があり、やや低い。道沿いの平原には家畜が多く黒テントもたくさん張ってあった。

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標高4,400メートルの高地にあるチョルテン

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八個並んだチョルテン

 午後7時ごろ、当雄(とうゆう)についた。標高4,130メートルで、解放軍という名の立派な宿舎があったが、さらに進むことにした。平原の中央を流れていた川が、当雄の下流で平原がなくなって狭い谷間を流れていた。北チベットの平原は、当雄か南端である。それから南は山か多く谷間の道を走り、羊八鎮(ヤンパーチン)に着いたのは9時すぎていた。

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経文の”オン、マニ、ペメ、ホン”と表記された石

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小型の仏塔

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