内蒙古からチベット7000キロの旅⑤ 牧畜民の生活

 オルンノールの草原には、ポツン、ポツンと一定の距離をおいて移動式住居である白いゲルが20張りほど点在している。その中の1張りに住む、羊飼いのソミヤさん(37歳)一家を訪れた。バートル村長が頼んでくれたので、私たちは、彼のゲルの近くにテントを張って3日間生活することになった。

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オルンノールの草原

 彼らの住居であるゲル(中国語ではパオ)は、アンパン型の移動式住居で、木の骨組みの上を羊毛で作ったフェルトで覆ったものである。中には柱はなく、高さ2~3メート、直径5メートルくらいのドーム型の半球体である。

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フェルトをとり払ったゲルの骨組み

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ソミヤさんのゲルの前に集まった羊たち

 奥さんのナンスルマさん(33歳)はたいへんな働き者で、4人の子供や家畜の世話、そして家事と、休む暇もなく次々に仕事をこなしていた。彼女は、私たちが訪れると、茶湯にミルクを混入したスーテチェ(乳茶)をご馳走してくれた。スーテチェは、バター茶よりもあっさりしていて飲みやすい。

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羊の乳を搾るナンスルマさん

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ヤギの乳を搾るナンスルマさん

 今日の中国で、東北アジアの牧畜民は豊かな生活をしているといわれる。83年以来家畜の個人所有が認められ、今ではこのへんの牧民は、一家族で2~300頭の羊を所有している。

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平原の小さな湖

 200頭の羊を所有すれば、1年に80頭売ることができるので、年収が1万元を越すことになる。これは大変な高給取りである。草原に暮らすソミヤさんが、自家発電によってテレビを見ることができ、オートバイを買うことができるのはそのせいであり、かなり裕福な生活をしている。

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風力発電気の装置があるゲル

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平原で草をはむ羊や山羊たち

 8月中旬の蒙古の草原は、草が2~30センチも生い茂り、ニラやネギの花が咲いて、まさしく「緑のじゅうたん」という表現にふさわしい平原である。

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地平線上に昇る朝日
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金盥に水を注いで、両手で顔を洗うナンスルマさん

 6時すぎに夜が明け、45分に地平線から太陽が昇る。7時すぎに起き、ナンスルマさんに蒙古式洗顔を習った。左手を上にし、両掌を重ね、水をすくい上げて、左から右へ回すように力強く洗う。風呂に入ることのない彼らは、顔や手をたいへん熱心に洗う。時に洗面器に湯を入れて全身をふき洗うが、それもていねいに行なう。しかし、厳寒の冬には、手や顔を水で洗うことは少ない。

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に水を注ぎ湯を沸かす

 ナンスルマさんは、朝起きると、まず湯をわかし、碑茶を斧でけずり取って入れ、茶湯をつくる。それにミルクを混入してステーチェにする。水または湯で顔を洗ってゲルの入口に立ち、柄杓で乳茶を天に投げ上げ、神に感謝する。これはラマ教の習慣で、“アワントルチ”と呼ばれる。彼女は、毎朝オボに向かってお祈りをしてから一家の1日の生活をはじめる。自然とともに生きる生活の儀式なのである。朝食は、この後に乳茶を飲み、煎り粟や乳製品を食べる。

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柄杓で乳茶を天に投げ上げるナンスルマさん

 ソミヤさんの羊たちは、ゲルの前に集い、鼻先を胸にくっつけるようにして眠っている。羊たちは7時40分ごろから起きはじめ、つぎつぎに立ち上がって背伸びをし、周囲を見ながら「メー、メー」と鳴く。ナンスルマさんは、200頭の羊の顔が全部見分けられる。私にはどれも同じに見えるのだが、生まれた時から扱っている彼女には、人間と同じように、その特徴がわかるという。 

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夜明けの羊と山羊たち

昼食や夕食にはよく麺を食べる。だしには干し肉を使い、野生のニラやネギをきざみ込むこともある。ナンスルマさんの作る麺料理は、市販の乾麺をゆで、汁ごと煮るので、少々塩辛く、粉っぽくて味が良いとはいえなかった。2キロも離れたところから水を運んでくるので、料理用にも水が十分使えなかったせいかもしれない。

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乾麺をゆでた汁うどんをよそうナンスルマさん

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ゆでたうどんを食べるソミヤさん一家

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ゲルの中の乳児

 ナンスルマさんは、午後2時前から乳をしぼる。羊や山羊の雌は、たいてい3月ごろ仔を産むが、産後5ヵ月間ほど搾乳をすることができる。羊や山羊の乳をしぼり取って食料とするために、親仔を別々にしておく。生後間もない時には、朝夕2回、やがて夕方の1回しか親仔を一緒にしない。

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私たちのテントとゲルが並ぶ草原の風景

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私用のテント

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大平原での野営

 とにかく、蒙古族の女性の夏の1日は忙しい。しかし、夫のソミヤさんは日中でもゲルの中で横になったり、時には彼女の働きぶりを見にきたりと、いたってのんびりしていた。

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平原の夕日に映える空