地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

ユーラシア大陸横断鉄道の旅㊳ マドリード→リスボン(ポルトガル)

 マドリードからリスボン行きの列車は、5月15日午後1時55分、「ピー」という笛の合図で発車した。車両はスペイン製で、車掌もスペイン人の若い女性。車内放送はスペイン語ポルトガル語、そして英語が使われている。軟座の2等は2人掛けで、ほぼ満席。

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リスボン行きの列車

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リスボン行きのプラットホーム

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リスボンへの乗客

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リスボンへ出発

 車窓に見える郊外の家々も、マドリードと同じように茶褐色のレンガの建物が多い。この地方は大地も茶褐色である。やはり街の色は大地の色に染まるのだ。ベルリンは灰褐色、パリは白、マドリードは茶褐色の町と言える。

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マドリード郊外の茶褐色の大地

 カスティーリャ高原ではすでに麦が収穫されていた。わずか3、4日前のドイツでは麦の長さはまだ10センチ足らずだったし、昨日のフランスでは20センチほどしか伸びていなかった。ピレネー山脈を南へ越えると、もうヨーロッパではないと言われるが、高地で乾燥していることもあって、早生種の麦が栽培されているからでもある。大地は乾燥して痩せているので、農民の労苦はあまり扱われていない。

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車内の検札

 空気がかなり乾燥していて、鼻の粘膜がヒリヒリと痛む。周囲にはオリーブや葡萄畑があり、林はほとんどコルクの木だ。まだ5月中旬なのだが、すでに初夏の風景に染まっている。

 列車は西に向かってどんどん高原を下る。4時15分、水量の多いかなり大きな川を横切る。谷間は草木が多いが、谷を過ぎると再び乾燥した大地が続く。線路の接続が良くないのか、「ガタン、ガタン」と音がするし、フランスやドイツとは違って揺れも激しい。

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高原の農耕地

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高原の葡萄やオリーブ畑

 午後4時50分、谷間を抜けて山裾を走る。大地は進行方向左の方に傾斜し、見晴らしがよい。やがて丘のようであったが山となり、山岳地帯を走る。灌木とわずかな草が生えている岩山の風景の中で、ところどころに黄色い小さな花をたくさんつけた“エニシダ”の木が生えている。

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水量の少ないダム

 5時頃、右手にダムがあり、しばらくダム沿いに走るが水量は少ない。なんでも昨年の暮れから、もう半年間も雨が降っていないそうだ。大地には岩が露出し、あちこちに大きな奇岩が見られる。

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車内のバー

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車内のトイレ

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二等車内

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石垣に囲まれた放牧地

 5時20分にカセレス駅着。大半の客が下車した。列車はさらに下り、白壁の家がポツリポツリと見られる。この辺は、人の数より家畜の数が多く、農業は廃れつつあるそうだ。

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5時20分着のカセレスえき

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大半の客はカセレス駅で降りた

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サンビンセンテ駅

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サンビンセンテ駅のプラットホーム

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国境近くの放牧地

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スペイン側国境のバレンシア

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バレンシア駅のプラットホーム

 午後5時50分、ポルトガル側国境のガンダラ駅に着く。車内の乗っている客は、アメリカ人4人、ブラジル人3人、ポルトガル人3人、デンマーク人1人と私だけ。

 ポルトガルのマルワペイラ駅には現地時間の6時15分着。スペインとの時差は1時間。高原から低地に下り、大地に緑が多くなり、湿度が高くなって肌にしっとり感じる。少しずつ大西洋の海に近づいているようだ。

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ポルトガルのマルワペイラ駅

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マルワペイラ駅のプラットホームでのたち話

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マルワペイラ出発

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マルワペイラ駅舎

 7時5分、線路沿いには草木が多く、ジャガイモなどの野菜畑があり、オレンジ畑もあって民家が散在している。マドリードからの海外旅行者が多いのだろうか、小さな駅舎の壁に、英語・フランス語・日本語で「よい旅を」と書いてあった。

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テジョ駅での兵士たち

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テジョ駅の駅員

 テジョ川を渡ってアブランテス駅に7時半着。川に沿ってしばらくの間南のリスボンに向かう。川沿いにはヨシが茂り、空気が暖かく湿っぽい。畑には桃や葡萄が植えている。ワルシャワやベルリンと比べると、まさしく南国の雰囲気だ。

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テジョ川沿いの町

 川沿いには古城があり、白壁の家が建ち並んでいる。2、3百年も前から変わることのないかのような古い村々が、次々と車窓に流れ行く。家々のたたずまいは、どことなく活気がなく、さびれた雰囲気が漂っている。

 ポルトガル人が初めて日本の種子島にやって来て、鉄砲を伝えたのが1543年。当時は、ポルトガルの方がはるかに発展した豊かな文明国であったのだが、今は日本の方が発展した文明国になっている。

 エントロンカメント駅の近くには南中国原産の「枇杷」の木があり、ピンポン玉ほどのオレンジ色の実がたくさんついていた。日本の四国、九州とほぼ同じような気候のようだ。

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エントロンカメント駅

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エントロンカメント駅のホーム


 午後8時25分、大西洋近くを走る車窓に、西の海に没する赤い夕日を見る。太陽が再び昇るのは東の海からだ。

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オレンジ色の実をつけた枇杷の木

 4月16日の早朝、ユーラシア大陸東端の釜山で、日本海から昇る朝日を見てから、ちょうど1カ月。ユーラシア大陸を鉄道で横断し、今まさに西の大西洋に沈まんとする夕日を眺めながら、西端の町リスボンの地に着こうとしている。

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窓越しに見る、西の大西洋に沈まんとする太陽

 コロンブスアメリカ大陸発見500年記念祭の年に、地球半周に近い2万キロを旅して、日の出る東端で朝日を、日の没する西端で夕日を見ることになるとは、まるでこの旅が1日で終わったような気持ちになる。しかし、この「1日」は長かった。多くの出会いと、目にしてきた数々の出来事や自然現象、そして様々な人々の生活様式を想い、万感の思いが込み上げてくる。

「ありがとう、ありがとう」

 大西洋に沈まんとする夕日に手を合わせ、無事に来られたことへの感謝の気持ちが込み上げ、胸が震えた。

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終着駅近くで二等車内の筆者

 やがてあたりは夜の帳が下りて闇に包まれたが列車は走り続け、この旅の終着点、リスボンのサンタ・アポロニア駅に、午後9時18分に無事に到着した。そして、駅近くのティボリ・ホテルに宿を取った。

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リスボンのサンタ・アポロニア駅に着いた直後の筆者

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着いた翌日、サンタ・アポロニア駅舎前での筆者