地球へめぐり紀行

新制中国の望郷編

ユーラシア大陸横断鉄道の旅⑯ 北京→西安

 北京駅で迎えてくれたのは、中国青年旅行社日本部の陶さんであった。

 今回の北京滞在は、わずか3時間で、陶さんの案内で昼食をしただけだった。

 4月24日午後1時30分、北京発西安行きの急行列車は、「ジー」と鳴るベルを合図に出発した。

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1992年4月24日の北京駅

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北京駅前の筆者

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出発前の北京駅のプラットホーム

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軟座寝台車付きの女性車掌たち

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女性車掌と筆者

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西安行急行列車の機関車

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西安行きの急行列車

  中国語で「軟臥車」と呼ばれる、軟座寝台車の7号車5番、下段の席。4人用の部屋の相客は、西安の大学に招聘されて行く東北大学工学部の井上助教授夫妻と、技術研究のため東京に7カ月滞在し、今西安に帰るところだという大学教授。

 北京郊外に出ると、線路沿いに新緑の楊柳や楊樹(ポプラ)が続く。ヤナギの一種である楊柳は、4月下旬から5月中旬にかけて綿毛を飛ばす。北京の街では、この綿毛が風に吹かれて漂い、空中が白濁する現象が春の名物でもある。

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軟座寝台車用トイレ

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軟座寝台車用洗面所

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軟座寝台車の通路

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軟座寝台車の中でトランプをする客

  新緑の樹々と青々とした麦畑の広がる光景は心地よい。その畑のところどころに土を塚状に盛った墓がある。中国の乾燥地帯に住む人々には特定の墓地がない。たいてい方角や吉凶、社会状況などによって場所が決められる。

 やがて線路沿いに桃やリンゴ、スモモや杏などの花が見られるようになった。中でも家の庭や畑の端などに植えられている桐の紫色の花がよく目についた。

 午後3時25分、保定駅着。やっと聞き取れるような「ジー」というベルが鳴り終わって2分ほどたって発車した。

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保定駅のプラットホーム

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保定駅プラットホームの売店

 午後5時15分、河北省の中心地石家荘に着く。10分停車なので、プラットホームに出て一息入れる。内陸なので空気が乾燥しており、爽やかだ。台車にパンや菓子、鶏肉や卵、果物などを載せて売り歩く、白装束の娘たちの売り声が飛び交う。

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石家荘駅

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石家荘駅のプラットホームに立つ筆者

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石家荘駅で軟座車に乗り込む人たち

 石家荘を出て30分もすると、岩山に囲まれた大きな谷に入った。海岸から1000キロも内陸に入っているこの辺りも、かつては海底であったのか、石灰岩が多く、山肌を削り取る石灰の露天掘り工場がある。

 6時に岩峰という駅を過ぎる。この辺の家の庭には必ず桐の木があり、今花盛りを迎えている。夕暮れの村々に紫色の花が乱舞するさまは、一幅の絵を見るようだ。

 中国には、「女の子が産まれると、桐の樹を植え、嫁入りのとき、その木を伐り、家具を作って持たせる」と言う風習が古くからあり、日本にも広まっている。

 夕方、井上夫妻と3人で、注文しておいた夕食を食堂車でとる。野菜と肉の炒め物が3品と鶏肉であった。いずれも脂っこい料理で閉口したが、15元の赤ワインは味が良かった。

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食堂車内

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井上夫妻と食事を共にし、1本15元の赤ワインを飲む筆者

 19時45分に山間の陽泉に着く。まもなく夕闇が迫り、窓外は暗闇となった。

 4月25日は6時に起床。空はどんより曇っていた。午前7時には、漢文化の母といわれる黄河にかかる鉄橋にさしかかった。川幅が400メートルから500メートルもあり、濁った水が意外にも速いスピードで流れていく。

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黄河沿いを走る列車

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漢文化の母ともいわれる黄河

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黄河沿いの農村

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黄河沿いの農地

 黄河を渡れば陜西省。左手に標高1997メートルの崋山があるが、頂上は雲で見えない。大地は黄土に変わり、黄色い菜の花や青い麦畑が続く。黄土の層が断面になったところに横穴が掘られている。洞窟式家屋が有名な「ヤオトン」は、この北の黄土高原にある。

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黄土が堆積した断面

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山間の麦畑

 青い麦畑の広がりを眺めていると、午前10時、西安駅に着いた。北京から21時間の旅。1列車に約1800人が乗っているそうだ。いっせいに出口に殺到するので、たいへんな混雑である。北京でも感じたことだが、主要駅のこの混雑ぶりは、1人あたりの荷物が多いのに皆が我先に進もうとするために起きる、中国特有の現象である。中国は多民族社会で共通性が少なくて、規範が弱く、個人性が強いから、なかなか統制がとれない。

 駅の改札口に迎えに来てくれたのは、青年旅行社の王さんであった。私は3度目の西安で、以前1度会ったことがある。

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西安

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西安駅のプラットホーム

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西安駅の出口

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西安駅舎