ユーラシア大陸横断鉄道の旅⑤ 釜山→ソウル
フェリボートの中央埠頭近くにある釜山駅に、午前11時40分に着く。金さんの案内で改札口を入り、すでに入線していた韓国版新幹線「セマウル号」の5号車17番の座席に荷物を置いた。列車は流線形ではなく、紺色の普通の客車が箱形のディーゼル機関車に牽かれている。日本の特急「あさかぜ」号と同じような形。
私は、このユーラシア大陸横断鉄道の旅で最初の汽車なので、プラットホームを歩いて先頭の機関車まで行き、記念撮影をする。さらに出発直前のプラットホームの風景を撮影していると、金さんに早く乗車するよう何度も促されたが、女性の車掌や列車に駆け込む人を貪欲に撮影する。
「ブー・・・・・・」とブザーが鳴ったので車内に駆け込む。セマウル号は、正午定刻にソウルに向かって動き始めた。撮影に忙しく歩き廻っていた私を冷ややかな目つきで笑っていた、プラットホームの金さんに手を振って頭を下げた。
京釜線の汽車は町を出ると洛東江に沿って走る。線路沿いの畑にはビニールハウスが続く。そのビニールの切れっぱしが川面や川岸の柳の木の枝にたくさん引っ掛かっている。一種の公害だろう。釣り糸を垂れている人や春を告げる若菜を積む女たちがあちこちに見られる。
時速200キロくらいで走る車両の内部はモダンな造りで、窓が大きく車内は明るいが、窓を開けることはできない。2人がけの指定席はほぼ満席。乗客の大半は新聞や雑誌を読んでいるか眠っているので静かだ。
40分も走ると緩やかな丘陵地帯に入る。谷間の斜面の畑に桃の花や菜の花が咲き、線路沿いにレンギョウやユキヤナギの花も咲いている。
午後1時14分、大邱に着き、1分間停車。ほとんどの客はソウルへ行くのか、降車客は数人しかいない。発車音が鳴ると同時に扉が閉まり、正確な時刻に発車した。速く走るのはよいが、旅を楽しもうとする者には余裕がない。より早く便利になった反面、乗車したらただひたすら目的地に着くことを待つだけになっている。これはすでに旅ではなく、目的地への単なる移動である。
少々遅くなったが食堂車へ行く。赤いじゅうたんを敷いた、派手な感じのする食堂車内は明るい。若いウェイトレスが注文をとりに来たので、焼き肉定食のプルコギ(675円)を頼む。韓国の物価からすると、少々高額だ。添えられていたキムチは、あまり辛くなかった。
セマウル号が朝鮮半島を北上するにつれ、車窓に見える自然環境も変化し、大田近くになると野山に花が少なくなった。まだ早春の枯れた山に白い山桜の花が所々に見られた。釜山以後、線路沿いに植えられたソメイヨシノ桜が時々見られたが、この山桜は自然木である。
朝鮮半島南部や済州島にはソメイヨシノが植えられているが、山桜が生えていることは知らなかった。自然に生えている山桜は、黒松や落葉樹林の中で、存在を主張するかのように、白くうきたって見える。
セマウル号は、大田を過ぎ、午後4時15分に首都ソウルに無事着いた。しかし、プラットホームに来てくれる手配になっていたはずの迎えの人が見当たらなかった。待つこと20分。やっと朴承美という27歳の案内人が来てくれた。丸顔の色白で、年齢よりも若く見える彼女は、悪気もなくソウルから汶山へ乗り継ぐ汽車の乗車券を渡してくれた。