カラシュ族の祭り(1975年8月) 北パキスタン

 ヒンズークシュ山脈南東側のチトラル地域のカフィリスタンに、多神教の“カラシュ族”が昔と変わりない生活を続けているそうなので、私は1975年8月25日、ペシャワールから彼らを求めて旅をした。

 バスやトラックを乗り継いだり歩いて、標高3,000メートル以上もあるロワリ峠を越して、深い谷を渡り、黒松やトド松の多い高い山の、大変険しい山道を登ると、緑の多い美しいブンブレット峡谷が見えて来た。その中心地はチトラルと呼ばれる地域。チトラルの村から10キロほど離れたカフィリスタンにあるブルン村は、両側を岩山に挟まれた小川沿いにあった。 

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ブンブレット渓谷

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ブルン村

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私が世話になったアブドルさん夫婦

 私は、同行の通訳兼ガイドの計らいで、2人の奥さんのいるアブドル・ラヒマさん(35)の家に泊めてもらった。彼の妻たちは、石板や鉄板でトウモロコシの粉でパンを焼き、インゲン豆やトマト、タマネギなどの野菜にカレー粉を入れて煮た、「シャク」という比較的日本人好みの煮物を私のために料理してくれた。

 ブルン村は51軒で、213名が住んでいる。村には神社(マハンテオ)が2つと、神殿(ジェスタカーン)が3つあり、女性だけが訪れる「バシヤリ」と呼ばれる産屋(うぶや)でもある“忌み小屋”が2軒と共同墓地「マダウジャオ」が1ヵ所ある。

 神殿の入口には山羊の彫刻や人間と家畜の絵があり、扉には幾何学模様が彫り込まれ、内部の柱や壁には美しい彫刻が施されている。

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左はマハンテオ(神社) 右はジエスタカーン(神殿)

 8月の畑にはトウモロコシが栽培され、いたる所にクルミの大木がある。桑の木には葡萄の蔓がからみ、実がたくさんついている。野良仕事はたいてい女の手によるが、遠くへ出掛ける羊や山羊の放牧は男の仕事。

 カラシュ族の女性は、手織りの黒くて長い、羊毛製の貫頭衣「チエオ」と呼ばれるだぶだぶのロングドレスを着て、腰で結んでいるせいか皆長身に見える。胸には赤・青・黄・白色のビーズの首輪が数十本も束ねられているのでカラフルだ。少女は「シュシュツ」というバンド形の帽子の端を腰まで垂らし、女は「クパース」と呼ばれる、子安貝を一面に縫い付けた頭巾のような帽子を被っている。一見正装のようだが、いつも同じ服装だと言う。男は「カション」という羊毛製の帽子を被り、ズボンとシャツ姿である。

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娘の普段着

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村の中を歩く少女

 8月25日から3日間、「ウチャウ」という豊年を祝う収穫祭であった。私は26日の昼前からその行事を見た。正午すぎ、村を見下ろすやや高い所にあるマハンデオ(神社)では、生贄の山羊が首を切られ、若い男が鮮血を両手に受け、馬の木偶に投げかけた。そして、老人の祈祷師が、天に向かって両手を差し出し、声高に祈り続けているうちに、陶酔の極みに至り、失神して倒れた。

 午後8時過ぎから村人たちは広場に集い、男たちは中央で小さな輪になって、父系の先祖たちの名を呼んで、日本の御詠歌のようなリズムをつけて褒めたたえた。そして、10時頃に満月が東の山から顔を出すと、太鼓が叩かれ、女たちは囃子詞(はやしことば)を入れながら、6、7人が肩を組み、足を弾ませて踊り始めた。同じような動作を繰り返し繰り返し、午前3時頃まで踊り続けた。日本の盆踊りの雰囲気によく似ており、一種の先祖祭りでもあった。

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10歳以下の女の子の被り物 右は宝貝を縫い付けた女性の被り物

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畑のそばで遊ぶ子供たち

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小川のそばにある畑で働く村人

  カラシュ族の男女関係は大変自由で、結婚も離婚も至って簡単。

 最初の結婚は男女ともまだ16、7歳頃なので、たいてい親が決めるそうだが、お互いに気に入らなければ離婚する。2度目からは自由意志で再婚できるし、女性が同意し、両親に十分な結納品を渡せば、男は重婚をしてもよいことになっているので、アブドルさんのように妻が2人いても不思議ではない。

 女性は月経が始まると約5日間、子どもが生まれた場合は10~15日間、女しか入ることが出来ないバシヤリで生活する。産後は約3ヵ月間、トイレに行く他は何もしない。だから夫が代わりに全てをするそうだが、妻が2人いるとその必要はないという。

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村の中の広場で遊ぶ男の子たち

 カラシュ族で最も特徴があるのはお墓だろう。まず死者を彫り物のある立派な木棺に入れて、マダウジャオ(共同墓地)に運んで地上に安置する。棺の上には右をのせているだけだが、家族の夢見が悪いとか、事故が続くとか特別なことがない限り、2度と開けることはないそうだ。しかし、10年以上もの古い棺は崩れて中が見えるが、そのまま放置する。死者の魂はマハンデオに行くというので、先祖の霊を敬う祖霊信仰でもある。

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村の共同墓地(マダウジャオ)

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死者に似せて作るクンドリック(木偶) 異教徒によって顔が切り取られている

 死者を葬った後の家族は、死者に似せたクンドリック(木偶)を彫って村の入り口か道沿いに立てる。

 なお今日では、イスラム教を国教とするパキスタン政府から死者を土葬することが義務付けられているので、墓地には新しい木棺は見当たらなかった。

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左は化粧した娘、右はアブドルさんの第一婦人

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月明かりの下で夜中過ぎまで踊り続けた女性たち

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太鼓とお囃子でリズムをとって踊ていた。
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左は村人と踊る筆者 右は、チトラル地域の領主と筆者

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チトラル地域を馬で踏査する筆者