ベトナム西北部の町サパ(2014年12月)

 ベトナムの中心民族はキン族と呼ばれる人々だが、その他にもモン(ベトナム語ではムオン)、ザオ、タイなどたくさんの民族がいる。

私は40年近くもアジアの少数民族を踏査しているので、ベトナム北西部の少数民族が沢山住んでいるといわれるサパの町を訪ねることにした。

 2014(平成26)年12月19日の夜、汽車はハノイ駅を9時20分に発車した。3号車の1号室3番で、4人用の個室の下の寝台。同室者はシンガポールからの夫婦とその1人息子(14)だった。外は暗くて何も見えないので、同室者と30分くらい雑談したが、すぐにベッドにもぐりこんだ。 

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  翌朝6時45分に、中国との国境の町ラオカイに着いた。町は濃霧に閉ざされ、薄暗く視野がきかない。プラットホームを歩いていると若い男に英語で話しかけられた。サパ行きのミニバスの客引きだと言う。彼に案内され、駅近くの広場へ行った。

私が乗ったサパ行きのミニバスはすぐに12名の満員になり、7時15分に出発した。バスは大きな山道を上る。濃霧で視界が悪いので状況がよくわからない。道は工事中が多く、舗装はされているが急な坂道をハイスピードで走る。

 約32キロの山道を上りきって、8時半ごろ標高1,510メートルのサパに着いた。山の上の平地にできた町は、家が密集し、道が狭く、車が多いので交通ラッシュになって進めなかった。しばらく車の中にいたが少しも進まない。仕方なく客は町の中心地のCAU MAY通りの中ほどで降ろされた。

 ゲストハウスに1泊10米ドルで泊まることになった。これはサパホステルとも呼ばれるのだが、フランス植民地時代の古い大きな家を改造したゲストハウスで、受付の事務の女性は、英語が話せて大変世話好きで、しかも親切。助かったのは、ホットシャワーが使えたことと、電気敷布団があってベッドが暖かいことだった。

 サパは、フランスの植民地時代に、避暑地としてホアリエン山脈の中の1つの山頂近くにできた町で、標高が高いし、曇天で空気が冷たいので厚着をしていても寒い。それで、しばらく休憩し11時から英語の通訳を雇って、町を案内してもらうことにした。

 通訳のワン女史は身長170センチ以上もある立派な体格で、日本女性と見間違うような顔立ちの、目鼻立ちの整ったなかなかの美人。彼女はタイ族で、一見向こう意気の強そうな元気者。結婚したばかりだそうで、30歳くらいのようだった。

 彼女は街頭で民芸品などを売っている現地の人々について、自信あり気に一方的に説明する。サパはベトナムでは最も多くの少数民族が集まって共に住んでいることで有名な町。私には東南アジアの民族についての知識が少々あるのだが、それでも早口で一方的に話すので理解できないことが多い。

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近郊の村から出てきた少数民族の女性たち

 彼女の説明によると、サパの町中にはモン・ザオ・タイ・ザイ・サフォ・キン(ベトナム人)の6つの民族がいるそうだ。

 モン族は19世紀の初め頃、雲南地方からやってきたそうだ。黒モンは”インディゴーモン”と呼ばれる。それは、男女共黒色(インディゴー)の衣服や帽子をかぶっているからだそうな。そして赤モンは”プラオモン”と呼ばれ、女性がカラフルなスカートを身につけ,赤色の布を好んで身につけるからだそうだ。この辺には黒モンが約5万人、赤モンが3千人くらい住んでいるとのこと。街頭には沢山の少数民族が座り込んで、ありとあらゆる物を売っている。それにベトナム各地や外国からの観光客が多く、街頭は混雑して活気がある。

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カラフルなスカートと赤モンの女性たち

 私が初めて目にしたもので“ナム・ガ・カオ”と呼ばれる、男根のような突起状の根が幾重にも顔を出している、赤褐色のものがあった。実に不思議な形なので、彼女に説明してもらうと、男の滋養強壮の漢方薬だという。なんでも薄く輪切りにして焼酎に漬け、数か月後に飲むと薬効があるそうなのだが、大変珍しいものだった。中国の貴州や雲南省は、漢方薬の本場だが、ここサパも同じような山岳地帯の高地にあるので、欗や薬効のある珍しい植物が多い。

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滋養強壮の漢方薬ナム・ガ・カオ

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 サパの町の中心には運動場がある。それに面して、石造りの大きなサパ教会が建っている。これは1934年にフランス人牧師によって建立されたそうだ。その教会の横では、クリスマスが近いので予行演習なのか楽団が賑やかに演奏していた。私たちはその前を通って、サパ湖畔まで歩いた。

 サパ湖の周辺は、白い建物に褐色の屋根が多く、なんと地中海沿岸の町のような感じだ。少数民族の多い、アジア的な地域に、18世紀のフランスに起こった色彩豊かなロココ風の家が多い光景には驚かされた。

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 こんな大きな連山の中の僻地に、素晴らしい西洋風の街があり、しかも、第2次世界大戦中、日本軍が3年近くも駐留し、日本の多くの人々が訪ねたことのある名所でもあるサパは、アジアとヨーロッパの文化が混在する不思議な歴史のある町。それにしても雲南系の素朴な少数民族と、地中海風の近代的でカラフルな避暑地は、少し肌合いが違いすぎるが、それでもなんとなくアジア的でユートピアのような雰囲気のある楽しい町である。

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ザンモ―村のモン族の家族と筆者(1995年12月)